「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

佐藤 剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、仙台市育ち。音楽プロデューサー/作家。
音楽業界誌『ミュージック・ラボ』を経て、1977年から86年の解散まで甲斐バンドのマネージメントを行う。その後にTHE BOOM、プライベーツ、宮沢和史、喜納昌吉とチャンプルーズ、ヒートウェイヴ、中村一義、有里知花、スーパーバタードッグ、ハナレグミ、小野リサ、由紀さおり、マルシアなどをプロデュース。
舞台「久世光彦 マイ・ラスト・ソング~あなたは最後に何を聞きたいか~」、「Sing with TORIRO 三木鶏郎と異才たち」、美空ひばり二十三回忌イベント「HIBARI 7 DAYS」などのプロデュースと演出を手がける。
著書はノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店/小学館文庫)『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、最新作は『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)。
現在はRomancer Cafe にて『阿久悠と歌謡曲の時代』を連載中。 https://romancer.voyager.co.jp/cafe

佐藤 剛 が最近聴いてるアルバム
『To The End Of This World 』Ai Kuwabara the Project

佐藤 剛 の記事一覧

TAP the DAY

1972年12月25日~クリスマスにちなんだバンド名のキャロルが「ルイジアンナ」でデビュー

1972年10月1日、フジテレビで夕方に生放送でオンエアされていた若者向けの情報番組『リブ・ヤング!』で、「ロキシー・ファッション」という企画が取り上げられてい…

TAP the SONG

喜納昌吉の「ハイサイおじさん」に驚かされ、「細野さんはトロピカル・ダンディーだよ」と久保田麻琴に言われて気づいた自分の本質

1975年2月8日、細野晴臣は中断していた2枚目のソロ・アルバムのレコーディングを、東京・溜池のクラウン・スタジオで再び始めることになった。 このアルバムは前年…

TAP the STORY

NHK交響楽団にボイコットされて窮地に立った27歳の小澤征爾を救った仲間たち

1959年にたった一人でヨーロッパに向かった小澤征爾は、第9回ブザンソン国際指揮者コンクールで第1位になり、翌年はカラヤン国際指揮者コンクールでも第1位となった…

TAP the STORY

西岡恭蔵の27歳~細野晴臣と吉野金次、そして矢沢永吉との出会いで見えてきたダンディズム

大阪のミナミの繁華街から少し外れた難波元町で、「喫茶ディラン」が営業を始めたのは1969年8月15日、その日は終戦記念日であった。 わずか4坪半のスペースにカウ…

Extra便

あえてプロテストソングと銘打って新しいアルバム『自由』を発表した結成50週年の六文銭

六文銭は1968年に小室等が中心となって結成されたグループで、小劇場演劇から生まれた佳作の「雨が空から降れば」、ポップスの傑作とささやかれた「夏・二人で」、19…

TAP the SONG

初期のボブ・ディランによるプロテスト・ソングの傑作「ハッティ・キャロルの寂しい死」

ボブ・ディランの「ハッティ・キャロルの寂しい死(The Lonesome Death of Hattie Carroll)」は、1963年に起きた殺人事件に題材…

TAP the SONG

藤圭子と宇多田ヒカルの母子をつないだカーペンターズの代表曲「遙かなる影」

バート・バカラックの代表作となった「遙かなる影(Close to You)」は、俳優のリチャード・チェンバレンが1963年にリリースしたシングルのB面曲だった。…

TAP the DAY

サム・クックの素晴らしさを発見した日本のミュージシャンたち

アメリカのローリングストーン誌で2014年に180人の著名人の投票により選出された「偉大なシンガー100人」で、サム・クックはジョン・レノンやボブ・ディランより…

TAP the SONG

久世光彦と阿久悠が作った沢田研二主演のドラマから生まれた「時の過ぎゆくままに」

1975年にオンエアされたテレビドラマのテーマとして作られた「時の過ぎゆくままに」は、大ヒットを記録して沢田研二の代表作になった。 時の過ぎゆくままに この身を…

TAP the SONG

「イパネマの娘」を作った作曲家のアントニオ・カルロス・ジョビンと詩人のヴィニシウス・ヂ・モライス

ブラジルで最も偉大な音楽家として敬愛されたアントニオ・カルロス・ジョビン(愛称トム・ジョビン)は、1994年12月8日に心臓発作のためニューヨークで死去した。6…

TAP the SONG

西岡恭蔵が「ミスター・ボージャングルズ」からひらめいて、矢沢永吉のために作詞した「バーボン人生」

矢沢永吉がソロになってから3枚目のアルバム『ドアを開けろ』(1977年)は、最後から数えて2番目に収録されていた「バーボン人生」と、それに続くラストの名曲「チャ…

TAP the SONG

菅原洋一の「知りたくないの」はシャンソンの訳詞をしていたなかにし礼が作詞家になった出世作

立教大学の学生だった中西禮三(後の作詞家・作家 なかにし礼)はシャンソン喫茶でアルバイトするようになり、美輪明宏がホームグラウンドにしていたことで知られるシャン…

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