「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

佐藤 剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、仙台市育ち。音楽プロデューサー/作家。
音楽業界誌『ミュージック・ラボ』を経て、1977年から86年の解散まで甲斐バンドのマネージメントを行う。その後にTHE BOOM、プライベーツ、宮沢和史、喜納昌吉とチャンプルーズ、ヒートウェイヴ、中村一義、有里知花、スーパーバタードッグ、ハナレグミ、小野リサ、由紀さおり、マルシアなどをプロデュース。
舞台「久世光彦 マイ・ラスト・ソング~あなたは最後に何を聞きたいか~」、「Sing with TORIRO 三木鶏郎と異才たち」、美空ひばり二十三回忌イベント「HIBARI 7 DAYS」などのプロデュースと演出を手がける。
著書はノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店/小学館文庫)『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、最新作は『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)。
現在はRomancer Cafe にて『阿久悠と歌謡曲の時代』を連載中。 https://romancer.voyager.co.jp/cafe

佐藤 剛 が最近聴いてるアルバム
『To The End Of This World 』Ai Kuwabara the Project

佐藤 剛 の記事一覧

TAP the STORY

27歳で訪れていたキャロル・キングにとってのターニングポイント

ニューヨークの南端にあるリゾート地のコニー・アイランドで、後にキャロル・キングと名乗る少女が初めてレコーディングしたのは1945年、わずか3歳の時のことだ。 観…

Extra便

「君がリーダーだから」とスティーブ・ガッドとウィル・リーに導かれて桑原あいが進んでいく道

幼少の頃から天才エレクトーン少女として称賛されていた桑原あいが、ピアノに転向したのは中学生の後半からだった。 だが当初は「自分の下手さに絶望」してしまい、そこか…

TAP the DAY

「音楽が死んだ日」の悲劇から生まれたドン・マクリーンの「アメリカン・パイ(American Pie)」

1959年2月3日の未明、悪天候の中を強引に飛び立った小型飛行機が離陸して間もなく、吹雪のために方向を失ってアイオワ州セロ・ゴード郡のトウモロコシ畑に墜落した。…

TAP the SONG

途方にくれていた桑原あいをモントルー・ジャズフェスで励ましたクインシー・ジョーンズの言葉

2015年7月、桑原あいはスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルで開かれたソロ ピアノコンペティションに日本代表として出演し、生きている伝説とも呼…

TAP the SONG

デビュー時にローリング・ストーンズから解雇された男~イアン・スチュワートの果たした偉大なる貢献

〈写真 ミック・ジャガー(左)とミック・テイラー(右)の間、中央で膝立状態にいるのがイアン・スチュワート〉 1962年10月から12月まで、キース・リチャーズと…

Extra便

若き小林亜星の才能が最初に注目されたアニメ音楽と主題歌~『狼少年ケン』

手塚治虫率いる虫プロダクションが制作し、国産のTVアニメ第1号となった『鉄腕アトム』の放送が1963(昭和38)年の元日から始まった。 それが高視聴率を得たこと…

TAP the STORY

世界の音楽家となる武満徹の原点にあったシャンソンと現代音楽、ジャズ、そして歌謡曲

西洋音楽の世界で最も有名な日本人作曲家、武満徹が東京の本郷で生まれたのは1930(昭和5)年10月8日のことだ。 生後1ヶ月で保険会社のサラリーマンだった父の勤…

千と千尋の神隠し

Extra便

『千と千尋の神隠し』の主題歌「いつも何度でも」は一通のファンレターから始まった

スタジオジブリ最大のヒット作となった『千と千尋の神隠し』のエンディングテーマ、木村弓の「いつも何度でも」はハイトーン・ヴォイスが特徴的な楽曲だ。 宮崎駿作品のフ…

TAP the SONG

朝日ソノラマが「鉄腕アトム」に続いて連続して放ったテレビ漫画のヒット曲「鉄人28号」と「エイトマン」

朝日ソノラマの橋本一郎が『鉄腕アトム』の音盤化を思いついてすぐに制作に取りかかり、音源やビジュアルを完成させたちょうどその頃、テレビ漫画の第2弾となる3本の作品…

Extra便

『鉄腕アトム』②~ソノシートを効果的に使ったビートルズと、朝日ソノラマの独占販売で成功した「鉄腕アトム」

ビートルズは1963年から1969年までの7年間、オフィシャル・ファン・クラブ向けにクリスマスのメッセージ・レコードをソノシートで頒布していた。 1958年に商…

Extra便

追悼・石坂敬一~『原子心母』の帯に書かれた名文句「ピンク・フロイドの道はプログレッシヴ・ロックの道なり!」

1960年代後半に洋楽マンとしてのキャリアをスタートさせた石坂敬一は、東芝音楽工業株式会社(東芝レコード)へ入社してまもなくビートルズ担当のアシスタントとなり、…

TAP the SONG

GSブームに先鞭をつける和製ポップス第1号、「涙の太陽」は洋楽評論家だった湯川れい子の作詞家デビュー作

1965年4月20日に発売された「涙の太陽」は歌詞がすべて英語、その年から本格化したエレキ・ブームでにふさわしいサウンドで大ヒットした。 歌ったのはエミー・ジャ…

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