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TAP the POP

佐藤 輝

1984年東京都生まれ。ライター。
R.E.M.を子守唄として聴かされ、高校受験のときに母親から渡されたベックの『Mellow Gold』とクラッシュの『London Calling』でロックに目覚める。明治学院大学ではジャズ研究会に所属。卒業後、下北沢の風知空知で接客業をしながらPAを学ぶ。2011年よりファイブディー・ラボに勤務。

佐藤 輝 が最近聴いてるアルバム

佐藤 輝 の記事一覧

TAP the CHANGE

エタ・ジェイムズのレコードを聴いて人生が変わったアデル

2008年1月にリリースしたデビュー・アルバム『19』が大ヒットし、翌年のグラミー賞では二部門を受賞、以来21世紀の新たな歌姫として活躍し続けるアデル。 198…

TAP the LIVE

売れないバンドだったキッスが放った起死回生のライヴ・アルバム

のちにキッスを結成することになるポール・スタンレーとジーン・シモンズ。 2人はもともとウィキッド・レスターというバンドのメンバーだった。 1970年に結成された…

TAP the CHANGE

アリーヤの「アー・ユー・ザット・サムバディ?」を聴いてガレージロックを卒業したマルーン5

ザ・ストロークスの1stアルバム『イズ・ディス・イット』をきっかけに巻き起こった、2000年代前半のガレージロック・リバイバル。 そんな時代に、ガレージロックと…

TAP the CHANGE

『ロンドン・コーリング』のジャケットを見て最高のヘヴィメタルに違いないと思ったトム・モレロ

「ロックの殿堂でのスピーチ原稿を俺以上に書き直したヤツはいないはずだ」 2003年、ロックの殿堂の授賞式でザ・クラッシュのプレゼンターをU2のザ・エッジとともに…

TAP the LIVE

南アフリカで公演したことにより国連のブラックリスト入りとなったクイーン

1981年に南米でのツアーを成功させたクイーン。 これでユーラシア、北アメリカ、南アメリカ、オセアニアの4大陸でツアーをしたことになり、残す大陸は南極を除けばア…

TAP the LIVE

敬愛するカーティスの曲をピアノで完璧に歌い上げたアレサ・フランクリンの名唱

1990年8月13日、アメリカの音楽シーンを揺るがす凄惨な事故が起きた。 ブルックリンの屋外でコンサートを行っていたカーティス・メイフィールドが、強風で倒れてき…

TAP the LIVE

スライ・ストーンが深夜のウッドストックにもたらしたファンクの狂宴

1969年8月16日。 ウッドストック・フェスティバル2日目の深夜3時半。 ジャニス・ジョプリンのステージが終わってから30分ほどが経ち、観客は昼から続くフェス…

TAP the LIVE

「生きて帰れない」とまで言われたクイーンの南米公演1981

「大規模なコンサートは無理だ、金にならないどころか生きて帰れないって言われたよ……」(『クイーン 華麗なる世界』より) クイーンが1981年に行った南米ツアーに…

TAP the CHANGE

ジミ・ヘンドリックスがブライアン・メイに与えた衝撃

それは1967年の1月末、まだブライアン・メイがクイーンのメンバーと出会う前のことだ。 ロンドンのインペリアル・カレッジに通う学生だったブライアンは、地元で知り…

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「フリー・フェスティバルの思い出」でデヴィッド・ボウイが描いた光景

1969年8月16日。 ニューヨークの郊外で開催され、伝説として語り継がれることになるウッドストック・フェスティバルが2日目を迎えたこの日、海の向こうのロンドン…

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ピラミッドで太陽の光に照らされたデヴィッド・ボウイ

デヴィッド・ボウイにとって1960年代は、いわば不遇の時代だった。 しかし1969年に発表したアルバム『スペイス・オディティ』のヒットによって、一躍注目のアーテ…

TAP the LIVE

最高のパフォーマンスと讃えられるデヴィッド・ボウイのグラストンベリー・フェスティバルはある2人の“悪戯”によって実現した

デヴィッド・ボウイが亡くなった2016年。 追悼の意を込め、彼が2000年に出演したグラストンベリー・フェスティバルでのパフォーマンスが劇場で公開されることにな…

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