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ビートルズと出会ったことで自分として生きる一歩を踏み出した少女の物語「オール・マイ・ラヴィング」

2017.06.30

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児童文学者の岩瀬成子(じょうこ)の著書「オール・マイ・ラヴィング」は、小学六年生のときにビートルズの音楽に胸を撃ち抜かれた少女と、家族や友だち、取りまく大人たちと過ごす日々を綴った自伝的な小説だ。

中学生になった主人公は毎日、持っている4枚のシングル盤をおごそかにレコード・プレーヤーにセットして、つぎつぎにかけて聴くことが喜びだった。
はじめは正座して聴きながら回転するレコードを見つめる。
座っていられなくなると、寝転がって聴いた。

ビートルズの歌は肋骨(ろっこつ)の間を通りぬけた。音楽は両方の肺に満ち、やがて体の真ん中へとなだれ込んだ。毎日聴いているのに、毎日同じことが起きた。体中の血管がちりちりと震えた。首筋を強い力で締めつけられるようで、涙が頭のなかで揺れた。


4枚のシングル盤は「シー・ラヴズ・ユー」「キャント・バイ・ミー・ラヴ」「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」「オール・マイ・ラヴィング」だった。



高校生でクリフ・リチャードを好きな主人公の姉には、「ビートルズなんて趣味悪い」「いやだ、ああいうのは」と、いつも軽蔑したように言われていた。

 姉はときどき音楽雑誌を買って、ビートルズの記事があると切り取ってくれたが、それは優しさというより、こんなビートルズのページなんか持っていたくもないという、わざとな、意地悪な、態度表明だった。
 ビートルズのレコードをお年玉で買ったときも、姉はあきれたように「買うの? ほんとうに? 二枚もいっぺんに?」と、あんたってほんと子どもだねと笑う口調でいった。


本州で唯一、アメリカ軍の海兵隊基地がある山口県岩国市に近い小さな町(当時の玖珂郡玖珂町)に、大人はもちろん同級生たちにさえも、ビートルズのファンは誰ひとりとしていないように思えたという。

1965年から66年の来日公演がテレビで放映される7月1日まで、日本でビートルズがどのように受けとめられていたのか。
都会でなく田舎ではどうだったのか、この小説ではそこが正確に描かれている。

同級生たちの中に洋楽好きの人もいなくはないが、素直に反応するものはいなかった。

 「ああ、ビートルズね」と、みんなちょっとうんざりしたようにいう。騒いでるよね、と。ちょっとねえ、なんていうか、ああいうのは一時のものでしょ。
 ポピュラー音楽が好きという人たちはもっと念入りだった。ギターの腕はそれほどでもないよ。歌詞だって軽薄なだけだしね。歌が上手(うま)いわけでもないし。やっぱりビーチ・ボーイズでしょう。アニマルズでしょう。ビートルズなんて古いよ、ローリング・ストーンズのほうがずっといいんじゃないの。ピーター&ゴードンのほうが素敵だし、ボブ・ディランを知らないの。


当時のマスコミがビートルズをどのように見てどう扱っていたのか、中学生にまで影響を与えていたことがわかってくる。

ビートルズの名は知れ渡っているのに、主人公のまわりにファンはひとりもいなかった。
誰にもわかってもらえない田舎のビートルズ・ファンは、ビートルズのシングル盤を聴いて見知らぬ世界と未来に、いつも一人で思いを馳せるしかなかった。

ビートルズが好きになって1年半、いつも一人だけで熱狂してきた。
ところが1966年の年が明けて3学期になった時、隣のクラスに東京から転校してきた女の子が、ビートルズのファンだと知って友だちになった。


2人は電車とバスを乗り継いで岩国まで出かけて、映画『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』を映画館に観に行く。

 目の前でビートルズが動いていた。走っていた。髪を揺らしながら、こっちに向て走ってくる。ラジオにかじりついて、レコードの前でうなだれて、写真のビートルズの見つめつづけて、眠れば夢に見て、ビートルズをと出会って以降、心を抉(えぐ)り取られるように奪われて以後、どれほどの時間を費やしてきただろう。ビートルズは私の血だった。わたしの背骨はビートルズだった。そのビートルズのしゃべる声をその時、初めて耳にした。


スクリーンに向かって叫び声をあげ、悲鳴をあげ、2人は映画が終わっても泣いていた。

それからしばらくして、転校してきた女の子がふたたび東京へ引っ越すことになった。
急に引っ越しが決まった前日、そのことを告げられた電話で2人は、ビートルズが日本に来ることになったら一緒に行こうと話した。

主人公が中学三年生に進級するとほぼ同時にビートルズの来日公演がニュースになり、マスコミによる大きな騒ぎが始まった。
4月27日に読売新聞で来日公演が発表になり、彼女はビートルズ公演のチケットを購入するために、ひとり1枚のところに45枚のハガキで申し込んだ。

ライオン歯磨でも抽選のプレゼントが告知されたので、父親に頼んで10個買ってもらって空き箱二箱を一口にして応募した。
だが、どれもはずれてしまって、チケットは手に入らなかった。

それでもビートルズが羽田空港に到着予定の2日前、主人公は家族に内緒でたった一人で東京に向かう。
たとえ武道館へ入ることができなくても、どこかでひと目だけでも見ることに望みをかけて、家出を決行したのである。

お金がないので普通列車をキセルしながら、東京まで乗り継いでいくつもりだった。
しかし数時間後、姫路駅で降ろされて公安室に連れて行かれた。

そこで諭されて、逆方向の急行列車に乗せられてしまう。
車掌に見張られながら、生まれ育った町にもどるために‥‥。

列車のなかで主人公はビートルズの「オール・マイ・ラヴィング」、ドライブ感に満ちた別れの歌を、繰り返し、繰り返し、歌い続けて物語は終わる。

 歌ってさえいれば、かすかに、かろうじてだが、なにかに、もしかして世界に、触れられている気がした。




昨日までと違う今日、今日までと違う明日を求めて、ビートルズの音楽と出会ったことによって、自分として生きる一歩を踏み出した少女の別れと旅立ちは、読み終わった後の余韻がなんとも清々しい。

ビートルズの来日はこうした文学作品を、今になっても生み出し続けている。



(注)本文中の引用はすべて2010年に出版された、岩瀬成子著「オール・マイ・ラヴィング」(発行=ホーム社 発売=集英社)からによりますす。なお本書は現在、小学館文庫にて読むことができます。


岩瀬成子 『オール・マイ・ラヴィング』(小学館文庫)
小学館

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