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待ち望んでいた宝物のようなデータブック「作詞家・阿久悠の軌跡 没後10年・生誕80年完全保存版」

2017.12.14

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「作詞家・阿久悠の軌跡 没後10年、生誕80年 完全保存版」というデータブックには、ヒットしたシングル曲のみならず、まったく売れなかったシングル曲のジャケットまで、あわせると約1300点が掲載されている。

タイトルにもある通り、作詞家としての阿久悠が残した作品情報を可能な限り、すべて網羅しようという思いがカタチになった労作だ。

それを見て思ったのは「こんなにたくさんのヒット曲がある」というものではなく、「こんなにたくさんの売れなかった曲がある」という驚きだった。

「怪物」とまでいわれたヒットメーカーで、昭和の歌謡曲を代表する作詞家の阿久悠でさえも、書いた曲のほとんどが忘れられていて、その多くの楽曲はもう聴くことさえもほとんど不可能な状態にある。

アルバムで発表になった曲やB面に収録された曲、非売品、校歌、社歌、記念曲の情報までびっしりと記載されているからこそ、そういう厳しい事実がはっきり見えてきたのだ。

逆にいえば21世紀の今日になってもなお、愛され続けている名曲の数々を作った阿久悠の偉大さが、あらためて浮かび上がってくるとも言える。



これは1970年8月にCBSソニーから発売になった中山恵司の「新宿異邦人/13日の金曜日」だが、アコースティックギターのケースがジャケットに写っているのでフォーク系に思えるが、どんな歌なのか想像がつかない。

阿久悠が放送作家という仕事を通して、番組制作の都合で”うたづくり”を始めたのは1960年代後半だった。
そうしたいわばよちよち歩きの試走期間らしく、まだ作詞家になる前の段階における手さぐり感が見えている。

作曲と編曲が「夢は夜ひらく」を書いた曽根幸明なので、つぶやき系の演歌かもしれない。
だが「異邦人」には平仮名で「えとらんじえ」とルビが振られていることなどから、もしかすると知られざる名曲なのではないかという気にもなる。

なぜならばこの3ヶ月後、阿久悠は傑作の誉れ高い北原ミレイの「ざんげの値打ちもない」を発表し、そこから常識を超えた作品を書く書く作詞家として一目おかれるようになり、ふしぎなペンネームとともに有名人になっていくからだ。

まだ注目を集めたばかりの新進作詞家だった阿久悠だからカミュの小説「異邦人」か、それを映画にしてマルチェロ・マストロヤンニが主演した映画『異邦人』と、なんらかの関連がありそうで興味がわく。


阿久悠の没後10年・生誕80年を記念してこの本が出るという情報を知った時は、「そんな大変なことを考えて、しかもほんとうに実行してくれる人がいるんだ」と、信じられないような思いがしたものだった。
だが、実際に時間をかけてすみずみまで何度も読んでみると、「待ち望んでいた宝物に出会った」ような感慨が湧いてきた。

第1章には阿久悠が作詞した楽曲のなかから、A面として発表されたシングル盤のレコード・ジャケット、およびタイトル曲となったCDに、全体の半分以上のページが割かれている。

そこには発売日やレコード番号などのほか、オリコン・チャートにおける最高位やタイアップ情報、さらにはおざなりにされがちなB面(CDはカップリング曲)について、正確なデータが付記されている。

発表順に並べられたそれらの画像と文字を1曲ずつたどっていくと、ひとりの表現者が自らの存在をかけて挑んだ、超人的ともいえる仕事を成り立たせていた情熱が、冷徹なデータの積み重ねの奥底のほうから立ち上ってくる。

作詞家・阿久悠の軌跡

1970年代に入って次々にヒット曲が出てからは、依頼された仕事は基本的にすべて引き受けていたという。
どうやったら時代が求める歌を書いていけるのかを常に意識して、奮い立つような意欲とともに、「歌にならないものは何もない」とばかりに、うたづくりに邁進した姿が伝わってくる。

あらゆるジャンルの歌を自分の手で刷新してみたいという野心を秘めて、まさに全精力を傾けてヒット曲づくりに挑むことで、ついにはカリスマにまでなっていく1970年代の後半は圧巻だった。

作詞家・阿久悠の軌跡

ひとつの歌が生まれて世に出るまでには、それぞれの楽曲ごとに、さまざまな人間のドラマがあっただろう。
そこではたくさんの人の夢が描かれていただろうし、野望も渦巻いていたに違いない。

だが、それらの多くは実現にはいたらず、夢が夢のまま破れて時とともに消えていったのだ。
しかしなかにはヒットしたことによって、今もなお多くの人に愛されている楽曲もある。

そして発表当時はさほどヒットしなくても、歌い継がれることでスタンダード・ソングになった「時代おくれ」のような作品も生まれた。

歌に生命力を与えるのは歌い手だが、それを発見して世の中に知らしめることは聴き手にしかできない。
彼らが愛聴したり、愛唱したりしてくれるからこそ、歌は受け継がれていくし、歌手も唄う機会を得られるのだ。

この「作詞家・阿久悠の軌跡 」のなかから、新たな歌が発見されることに期待したくなる。

なお監修した濱口英樹氏は「自分が欲しい本を作りました!」と述べていたが、ソングライティングのコンビを組んでいた作曲家の大野克夫のインタビュー、「スター誕生!」から発掘された秘蔵っ子として育った桜田淳子のインタビューは、ともに貴重なものである。



『作詞家・阿久悠の軌跡 没後10年・生誕80年 完全保存版』(単行本)
リットーミュージック


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