「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

Extra便

「ヨイトマケの唄」を筆頭に名曲の数々に生命を吹き込み、次世代へと継承した桑田佳祐の功績

T2U音楽研究所を主宰する臼井孝によれば、桑田佳祐はバンドでもソロでも1000万枚以上を売り上げた、日本で唯一のアーティストだという。(注) 1978年にシング…

Extra便

小泉今日子が恩師・久世光彦のために続けている舞台『マイ・ラスト・ソング』

女優になれたのは「久世さんのおかげ」だと語る小泉今日子は、「前略久世光彦様」という書き出しの手紙で、『マイ・ラスト・ソング』の成長について次のように触れている。…

Extra便

ヨーロッパの洗練がアメリカの土くささにブレンドされて、新しいポップスが誕生~『ひこうき雲』

偶然が重なっているんだよね~松任谷由実 アルバム『ひこうき雲』は1973年の初夏に、本格的なレコーディングが始まった。 GSブームとともに若手作曲家として一気に…

Extra便

デヴィッド・ボウイ追悼~センセーションとクリエイションを極めた男

2016年1月10日、デヴィッド・ボウイが旅立った。 日本時間では、1月11日15時30分に更新されたFacebookの公式アカウントで「18ヶ月におよぶ癌との…

Extra便

浅川マキに魅入られた喜多條忠が、南こうせつとかぐや姫に書いた歌~「マキシーのために」

作詞家の喜多條忠が初めて浅川マキの歌に出会ったのは1968年、銀座にあったシャンソン喫茶『銀巴里』でのことだ。 まだ学生だった喜多條が『銀巴里』に入ったのはまっ…

Extra便

【スペシャルインタビュー】小林幸子〜ニコ動で「歌ってみた」から見えた、新しい景色

*このインタビュー記事は2014年1月1日の午前0時に公開したものです。 国民的歌手・小林幸子にとって、歌手活動50周年となる2013年は挑戦の年だった。 50…

Extra便

追悼・岡本おさみ② 吉田拓郎の歌う力を得て生まれた「花嫁になる君に」と「ハイライト」

岡本おさみは大学を卒業してから数ヶ月、高校の教師をやったが耐えられずに退職し、ラジオ番組の構成を手がける仕事についた。 最初に携わったのは1966年に始まってま…

Extra便

ディランの「ジャスト・ライク・ア・ウーマン」を聴いて突然、こんなふうに書けばいいのだと分かったんだよ

1969年にアンドレ・カンドレという芸名で登場した井上陽水のデビュー曲、「カンドレ・マンドレ」のアレンジをしたのは、フォーク・グループの六文銭を率いていた小室等…

Extra便

【スペシャル・インタビュー】KIRINJI──充実の現在を閉じ込めた、一風変わったニュー・アルバム

17年に及ぶ〈キリンジ〉としての活動に終止符を打ち、2013年夏、堀込高樹を中心としたバンド編成として再始動した〈KIRINJI〉。シンガー・ソングライターとし…

Extra便

【追悼】 アラン・トゥーサンをイギリスでいち早く取り上げたローリング・ストーンズ

オーティス・レディングが自ら作曲した「ジーズ・アームズ・オブ・マイン」を発表したのは1962年10月のことだ。 そのときオーティスは21歳、かろうじてR&#03…

Extra便

加藤和彦の「家をつくるなら」を今、こんな時代に聴いてみると

家をつくるなら (家を建てるならば) 家をつくるなら (どうしようかな) 草の萌えるにおいのする カアペットをひきたいと 思うのであります 1970年の夏に日本…

Extra便

寺山修司が世に出した”ふたりのマキ”②カルメン・マキ「時には母のない子のように」

2015年10月24日、カルメン・マキがNHK-BSプレミアム「ザ・フォーク・ソング~青春のうた」に出演して、「戦争は知らない」と「時には母のない子のように」の…

25 / 31<<...2324252627...>>

SNSでも配信中

Pagetop ↑

トップページへ