「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

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歌手としての人生が変わっていくきっかけになった山口百恵と「涙のシークレットラヴ」の出会い

1976年の夏に大ヒットした山口百恵の「横須賀ストーリー」は、もともとは、4月に出す予定のアルバム『17才のテーマ』のために作られた楽曲だという。 しかし素晴ら…

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浅川マキと寺山修司~美空ひばりが大好きだったことと、詩人であることが共通していた二人

寺山修司が知人の音楽プロデューサーだった寺本幸司に誘われて、銀座にあったシャンソン喫茶『銀巴里』に出かけたのは、1968年の秋口のことである。 その頃の浅川マキ…

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オフコースの「眠れぬ夜」をカヴァーした西城秀樹~音楽を受容するその非凡なる能力

長いキャリアのアーティストやバンドには、音楽的な転機となったアルバムや曲が存在する。 そこから明らかに何かが変わったという作品ということでいえば、オフコースにと…

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22歳にしてシティ・ポップスの佳曲「CATALOG」をカヴァーしていた西城秀樹~音楽を受容する卓越した力

写真・中村昇 梅垣達志の名前が広く知られるようになったのは、1977年6月にギタリストのChar に提供した「気絶するほど悩ましい」 がシングルでヒットしてから…

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ザ・フォーク・クルセダーズと加藤和彦に発見されて、新しい生命を吹き込まれた寺山修司の「戦争は知らない」

「戦争は知らない」は稀代の詩人にして劇作家、昭和が生んだ元祖マルチ・アーティストの寺山修司が、おそらくは最初に作詞を手がけた楽曲である。 幼い頃に父を戦争で亡く…

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歌でつながっているアメリカ合衆国で唄いつがれるスティーブン・フォスターの「故郷の人々」

アメリカ合衆国は歌でつながっている国だと言ってもいい。 市や町や地域のコミュニティを構成する人々は多種多様だ。 それぞれのコミュニティにとってのアメリカがあり、…

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21世紀になってもたくさんの人たちに歌われている加川良の「教訓Ⅰ」

「御国」のために大切な生命を差しだすことが、さも美徳であるかのように教えこまれていた戦前や戦中を想い起こさせながらも、ユーモアのある語り口で国家権力への抵抗を歌…

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中島みゆきが「タクシードライバー」という歌の中に取り上げた「アローン・アゲイン」

「アローン・アゲイン (ナチュラリー) 」はアイルランド人のシンガーソングライター、ギルバート・オサリヴァンの楽曲で1972年にリリースされたところ、口ずさみや…

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何も言わずに待ってくれた大滝詠一に「君は天然色」を書いて応えた松本隆

松本隆は1985年の11月から12月にかけて、朝日新聞の夕刊で週1回『新友旧交』というコラムを8週にわたって書いていた。 そのときに「待ってくれた大滝」と題して…

忌野清志郎

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忌野清志郎が歌ってスタンダードになった日本語詞の「デイドリーム・ビリーバー」

1964年の初めからビートルズが全米を制覇して空前のブームを巻き起こしたことに対抗して、アメリカのエンターテインメント業界が用意したのがモンキーズだった。 ビー…

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日吉ミミが”ヨノナカバカナノヨ”と歌った回文による歌謡曲~「世迷い言」

日吉ミミの「世迷い言」は昔から伝わってきた「タケヤブヤケタ(竹藪焼けた)」や、「タイヤキヤイタ(たい焼き焼いた)」などの回文を使った歌謡曲で、テレビドラマの挿入…

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中島みゆきの「糸」をスタンダードにしたのは、逢うべき歌とめぐり逢えて「仕合わせ」を感じた人たちだった

その歌は1992年に発売された中島みゆきの通算20作目にあたるアルバム、『EAST ASIA』にさりげなく収められていた。 発表からすでに24年、干支でいえばふ…

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