「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

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テレビCMで「ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」と出会った竹内まりやの衝撃

竹内まりやがビートルズと出会って衝撃を受けたのは、前触れもなく流れてきたテレビのCMからだった。 一緒にテレビを見ていた兄に、「今のは何?」とたずねると「ビート…

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エノケンから高田渡や大瀧詠一、高田漣にまで受け継がれている「私の青空」

「My Blue Heaven(私の青空)」はアメリカでも有名なスタンダードで、グレン・ミラー楽団、コールマン・ホーキンス、ファッツ・ドミノ、ビング・クロスビー…

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浅田真央選手を励ましたテレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」

引退するか、現役を続けるのか、「ハーフハーフぐらい」と答えていた女子フィギュアスケートの浅田真央選手が、5月18日に開かれた記者会見で正式に現役続行を表明した。…

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静かな怒りで反戦を訴える「星の流れに」と、藤圭子のブルージーで儚い歌声

終戦から二年後の1947年、満州で両親を失って命からがら引き揚げてきた女性の悲痛な体験が、東京日日新聞に掲載された。 一人として身よりも知り合いもいない東京で、…

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丸山明宏(美輪明宏)をスターにした「メケ・メケ」、その革新的な日本語詞

敗戦後の復興期にあった1951年、東京・銀座に開店したデラックス・キャバレーの『銀巴里』は、当時としては眩(まばゆ)いほどに豪華な内装のダンスホールだった。 美…

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追悼・岡本おさみ① 詩集『ビートルズが教えてくれた』から生まれた森進一の「襟裳岬」

ビクターレコードの創立50周年を記念する企画で、フォークソング・ブームを巻き起こしていたシンガー・ソングライターの吉田拓郎と、作詞家の岡本おさみのコンビに若き演…

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追悼・加瀬邦彦~沢田研二の「TOKIO」が開いた80年代の扉

1979年12月31日の深夜、70年代という1つの時代が終わり、新たな時代の幕開けが目前に迫っていた。 当時は大晦日から元旦にかけてのテレビ番組「ゆく年くる年」…

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自衛隊への勧誘キャンペーン・ソングと誤解された高田渡の反戦歌「自衛隊に入ろう」

1968年8月9日〜11日、京都の山崎にある「宝積寺」では3日間に渡って「第3回関西フォーク・キャンプ」が開かれ、約300名の参加者が集まった。 出演したのは高…

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「お願いだ聞いておくれ」と高田渡が訴えた、鉱夫たちの“声なき叫び”

「鉱夫の祈り」を聞いたのは1972年の夏だったか、あるいは73年だったのか、いずれにしてもアルバム『系図』が出てから、そんなに時間が経っていない頃のことだった。…

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無名だった三上寛が大観衆の喝采を浴びた「夢は夜ひらく」~第3回全日本フォークジャンボリー

岐阜県の椛の湖(はなのこ)の湖畔で開催された第3回全日本フォークジャンボリーは、1971年8月7日の昼から9日未明まで行われた。 そのなかで後世に語り継がれたの…

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「人間なんて」をマイク無しで歌って伝説になった吉田拓郎~第3回全日本フォークジャンボリー

フォーク歌手と言われた吉田拓郎だが、実は彼の音楽の大根(おおね)のところにあったのは、黒人音楽のリズム・アンド・ブルースだ。 高校時代から広島フォーク村で一緒の…

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岡林信康の「山谷ブルース」を聞いた板前見習いの若者が起こした行動

1960年代の半ば過ぎから後期にかけて、日本でもフォーク・ムーブメントという現象が起こった。 ギターを弾いていくつかのコードさえ押さえられれば、自分の言葉を綴っ…

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