「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

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ホウキがギターに早変わり、ジミとエルヴィス、坂本九と忌野清志郎をつなぐ歌 

教室でホウキがギターに早変わりする、そんな伝統を始めた少年たちや、それを受け継いだ少年の話を紹介したい。 エレキギターに革命を起こしたジミ・ヘンドリックスは、8…

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シンプルゆえに生命力の長い歌、吉田拓郎「今日までそして明日から」

1970年11月に吉田拓郎が発表した1stアルバム『青春の詩』に収録されていた「今日までそして明日から」は、シンプルであるがゆえに生命力の長い歌だ。 わたしは今…

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「これが自由というものか」~60年以上も前のプロテスト・ソングが今もそのまま通用する歌の力

今から60数年前、1954年の日本では「これが自由というものか」というユニークな歌が、NHKラジオから毎週々々、全国に流れていた。 21世紀の現在でもそのまま通…

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山下達郎という職人の仕事から生まれた曲、「クリスマス・イブ」

妥協しない本物の職人の仕事は、積み重ねられていく日常のなかで使われることに価値がある。 卓越した技と美を具現化した作品は、後世になって発見されることで一気に評価…

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高倉健の代表曲「網走番外地」は、なぜ放送禁止歌として扱われていたのか

報道系、ドキュメンタリー系の番組を中心に数々の映像作品を手がけるほか、作家としての著書も数多くある森達也が書き記した「放送禁止歌」(知恵の森文庫)は、放送禁止歌…

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細野晴臣はジミヘンの「ファイアー」と「紫の煙」を完コピして松本隆のオーデションに臨んだ

1968年の春、細野晴臣は原宿駅前にあるビルの喫茶店に座っていた。 どこで細野の噂を聞いたのだろうか、突然の電話で呼び出されたのは前日のことだ。 「慶応の松本と…

夢で逢えたら

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大瀧詠一の「夢で逢えたら」が日本有数のスタンダード・ナンバーに至るまでの道のり

数多くのヒット曲を残した大瀧詠一の作品の中でも、広くカバーされてスタンダードになったという意味では「夢で逢えたら」が代表曲にあげられる。 この歌が誕生したのは1…

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山崎まさよしの「One more time, One more chance」をスタンダードにした映画、『秒速5センチメートル』

かつてはバンドのヴォーカリストとしてカリスマ的な人気を博した若者が、バンド解散後に創作意欲を失い、人里離れた田舎でキャベツを育てながら隠遁生活を送っている。 そ…

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女優の大竹しのぶが泉谷しげると歌った「黒の舟唄」

「黒の舟唄」は野坂昭如によるオリジナルが1971年に発表された後、長谷川きよしにカヴァーされたことで知られるようになった。 さらには長谷川きよしの歌で知った加藤…

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野坂昭如のデビュー・シングルのB面に入っていた「黒の舟唄」を歌い継いだ盲目のシンガー・長谷川きよし

野坂昭如が歌ったシングル盤の「マリリン・モンロー・ノーリターン」は、1971年にコロムビアからレコード発売された。 しかし時代のトリックスターのような立場にいた…

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トリックスターとなった小説家、野坂昭如のために作られた「マリリン・モンロー・ノーリターン」

コマーシャルソングの祖とされる三木鶏郎門下でキャリアをスタートさせた桜井順は、今でも使われ続けている「お正月を写そう」(富士フィルム)を筆頭に、「ブタブタ子ブタ…

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「プカプカ」を歌っただけでなくアンサーソングまで作った女優の桃井かおり

サブカルチャーが台頭した1970年代に最も存在感があった男優が原田芳雄ならば、最も輝いていた女優は桃井かおりだった。 幼い頃から目指していたクラシックバレエの道…

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