「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

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永積崇が竹中直人に歌ってくれた「サヨナラCOLOR」から生まれたラブ・ストーリー

竹中直人がオリジナル脚本『ミセス「洋燈」へ』を初めて読んだとき、「サヨナラCOLOR」のことが頭に浮かんできたという。 普通に撮影したら30分から40分ぐらいに…

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「群青色の朝」と「鈍色の雨」という言葉で始まった日本語のロック~はちみつぱい「塀の上で」

2000年夏、”5人で歌う、5人の“ビューティフル・ソングス”というキャッチコピーがついたコンサート、「Beautiful Songs(ビューティフル・ソングス…

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「帰って来たヨッパライ」と「コブのない駱駝」に託されていた北山修と加藤和彦からのメッセージ

加藤和彦が2009年10月に亡くなった後、きたやまおさむは「もう音楽をやめてしまおう」と思っていた時期があったという。 しかしザ・フォーク・クルセダーズの曲をレ…

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勝手に売れたわけではなかったサザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」②

激動の60年代後半から70年代にかけてはまだベトナム反戦運動や反体制の学園紛争の名残が残っていて、ロックバンドやフォークシンガーたちは、個と個のつながりが感じら…

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『ミート・ザ・ビートルズ』を聴いたかまやつひろしが確信した近未来、そこから生まれたスパイダースの「フリフリ」

それは1964年のことだった。 皇居脇にあった日比谷の三信ビル1階に、洒落たハンドバックなどのファッション小物やアクセサリー、輸入雑貨類など売ってるショップがあ…

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いろいろな替え歌にカヴァーされてスタンダードになった「世界の国からこんにちは」

「万国博テーマソング 軽快な曲できる」 3年後に大阪で開催される日本万国博覧会を盛り上げるために、一般公募によって作られた歌の完成を報じたのは1967(昭和42…

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歌謡曲のさきがけとなった「カチューシャの唄」と、井上陽水の「夢の中へ」をつなぐもの

日本の歌謡曲のさきがけとも、第1号ともいわれる「カチューシャの唄」が誕生したのは1914(大正3)年のことだ。 大正ロマンという文化のムーブメントを背景にこの歌…

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ニュースが不況を喋い、ジングルベルに街がうき足だった夜~甲斐バンド「かりそめのスウィング」

ビート・ジェネレーション以降のアメリカを代表する作家のチャールズ・ブコウスキーの「Charlie, I’m pregnant(チャーリー、私は妊娠している)」と…

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ビートルズが『ジューク・ボックス・ジュリー』で「HIT」のカードを上げた曲「ヒッピー・ヒッピー・シェイク」

イギリスBBCの音楽番組『ジュークボックス・ジュリー』は、発売される新曲を聴いて審査員が評価するという内容で、新曲がヒットするかどうかをジュークボックスで聴いて…

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「阿久悠は新時代の旗手になる!」と、ひとりの新聞記者の心を昂らせた歌

目立たない新人歌手だった北原ミレイのレコードを試聴していたスポーツニッポンの音楽記者、小西良太郎は歌い出しから驚き、最後まで聴き終わると小躍りするほどに心が昂っ…

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サイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」をエレクトリック・ヴァージョンにするアイデア

アメリカの若き大統領、ジョン・F・ケネディーがテキサス州ダラスの街をパレードしている時に射殺されたのは1963年11月22日だった。 この事件に大きなショックを…

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「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」で結実した二人の才能~ミック・ジャガーとキース・リチャーズ

熱心なR&Bファンから出発したキース・リチャーズは、まずギターをコピーして自分のものにすることから音楽の道に入った。 だから表現者としての自覚が芽生え…

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