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ジョニー・サンダース27歳〜ニューヨークパンクのカリスマがロンドンで過ごした季節〜

セックス・ピストルズ、クラッシュ、ガンズ&ローゼス、そして日本では忌野清志郎、甲本ヒロトなど数多くのアーティストに多大な影響を与えた孤高のカリスマ、ジョニー・サ…

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高田渡の27歳~アメリカでの初レコーディング、ソロから再びバンドへ~

1972年、大瀧詠一のレコーディングしているスタジオへ高田渡が遊びに来たことがあった。 2人がアメリカのルーツ・ミュージックについて話し合っていると、それを聞い…

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R.E.M.への憧れと想い~カート・コバーンの27歳~

1994年4月8日午前8時40分頃、シアトル郊外の家を訪ねた電気技師によってニルヴァーナのフロントマン、カート・コバーンの遺体が発見された。 ショットガンで自身…

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マール・ハガード〜死刑囚の心の風景を想って作った伝説の歌

正直言って、それは俺が人生で初めて見た太陽の光だった。ジョニーは俺たち囚人に、子供の頃に教えられた素朴な信仰心を思い出させてくれんたんだ マール・ハガードが初め…

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細野晴臣の言葉で「読書と音楽が交差した」という松本隆が選んだ作詞家の道

松本隆のプロ・ミュージシャンとして音楽活動は1969年春に始まったが、それより1年前の春に細野晴臣と出会ったことが、作詞家の道への第一歩となった。 アマチュア・…

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レスター・ヤング 27歳〜ビリー・ホリデイとの出会い、死が二人を分かつまで続いたプラトニックな関係〜

1937年、レスター・ヤングは27歳の時にビリー・ホリデイ(21歳)と出会う。 彼が当時在籍していた“カウント・ベイシー・オーケストラ”に、彼女もたびたび参加す…

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27歳になった大瀧詠一を待っていたのは、地獄の責苦のようなハード・スケジュールだった

1975年6月9日にスタートした大瀧詠一のDJ番組『ゴー・ゴー・ナイアガラ(GO! GO! NIAGARA)』は、1978年9月25日まではラジオ関東で、197…

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サイモン&ガーファンクル〜世界の頂点、更なる冒険

1968年、サイモン&ガーファンクルは“世界の頂点”にいた。 その年に彼らは映画『卒業』のサントラとアルバム『Bookends』の2枚を全米ナンバーワンにしてい…

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ジョン・ベルーシとダン・エイクロイド〜旅と悲しみから生まれたブルース・ブラザースの絆

俺たちはそろそろ作られた道化はやめるべきだ。俺たち自身が楽しめてその役になりきれる。そんなことをやろうぜ、ダニー。俺はお前と一緒に何かやりたいんだ。何かこう最高…

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沢田研二27歳〜海外進出、結婚、そしてキャリア最大のヒット曲〜

日本を代表する歌手、沢田研二。 彼はザ・タイガースでデビューした19歳から現在に至るまでの約50年間、毎年欠かすことなくレコーディングし、作品を発表し、ツアーを…

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一本の電話〜最後のレコーディング

奇跡のような最後のレコーディングは、あの一本の電話から始まった。…

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「ミックはロック、俺はロールさ」~レコードの発明から生まれたローリング・ストーンズのソングライター

ローリング・ストーンズのキース・リチャーズはバンドの相方であり、ソング・ライティングのパートナーでもあるミック・ジャガーについてこう語っている。 「ミックは生涯…

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ロッド・スチュワート27歳〜True Blueに込めた自信と自嘲〜

1972年、ロッド・スチュワートはフェイセズに加入して3年目を迎えた。 1月10日生まれのロッドは、年明け早々に27歳になった。 当時、フェイセズは2ndアルバ…

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ドン・ヘンリーとグレン・フライ〜相手に託した成功への歌声

1970年、ウェストハリウッドのクラブ、トルバドゥールのバーには、成功を夢見る若きミュージシャンたちが毎晩たむろしていた。 その中にグレン・フライとドン・ヘンリ…

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唄を忘れたかなりやだった27歳の西條八十は、忘れた唄を思ひだして詩人となった

唄を忘れた金糸雀(かなりや)は  うしろの山に棄てましょか いえ、いえ、それはなりませぬ。 石鹸製造業で財を成した父親が亡くなったとき、西條家の全財産を相続した…

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死ぬところを見るために人を撃った

生まれ故郷アーカンソー州ダイエスに職もなく、歌で身をたてようと心に決めたところで兵役にとられた。 1950年7月、おりしも朝鮮戦争で緊迫する冷戦の只中に空軍に徴…

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ローリング・ストーンズの曲からメロディを借りて絶望をうたったニール・ヤング

1972年の11月12日、ニール・ヤングは27歳の誕生日を迎えていた。 その年2月に発表した『ハーヴェスト(Harvest)』は、ナッシュビルのカントリー系のミ…

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浅川マキ27歳〜新宿に惹かれた女、新宿が生んだアングラの女王〜

1969年、浅川マキは劇作家・寺山修司によってその才能と存在感を見出され、シングル「夜が明けたら/かもめ」で再デビューを果たす。 それは、彼女が27歳になった年…

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ピート・タウンゼンド〜真冬のコテージで綴り始めた『四重人格』

1973年初め。暗く冷たい、冬の週末の夜。 27歳のピート・タウンゼンドは自宅のコテージに一人座り、逆巻く川や隙間風の音を聞きながら記憶の旅に耽っていた。ここ数…

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美輪明宏 27歳〜日本初となった“奇跡のリサイタル”その成功までの道〜

1962年、当時27歳だった美輪明宏は“日本初”となる全オリジナル楽曲による自主公演を計画し、その準備のために奔走していた。 そして翌年の11月8日、希代の作曲…

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