「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the CHANGE

サム・スミスがエイミー・ワインハウスから受け継いだもの

2018.03.13

Pocket
LINEで送る

2014年にデビューし、瞬く間に世界を代表するアーティストとなったサム・スミス。
1stアルバム『イン・ザ・ロンリー・アワー』は世界中で大ヒットし、翌年のグラミー賞では最多の4部門を受賞した。また、同アルバムは全英チャートで69週連続ランクインというギネス記録も保持している。
彼の音楽で特徴的なのが、いつも悲しみについて歌っていることだ。

サム・スミスはロンドン出身の1992年生まれで、音楽にまつわる一番古い記憶はソウルの女王、アレサ・フランクリンの歌う「小さな願い」だという。

「6歳か7歳の頃に『小さな願い』をはじめて聴いて、みんなも僕と同じくらいこの歌を好きだったらいいのにと思ったんだ」



「小さな願い」は数々の名曲を生み出したバート・バカラック、ハル・デヴィッドの黄金コンビによる代表作のひとつだ。
ディオンヌ・ワーウィックの歌ったオリジナルよりもテンポを落とし、持ち前の力強いボーカルでアレサは曲に新たな命を吹き込んだ。
その歌声は幼少時代のサムの脳裏にも鮮烈に焼き付けられたのである。

その後、サムは男性のボーカルには全くといっていいほど興味を示さず、女性の歌ばかりを聴いて育っていく。
中でもサムに大きな影響を与えたといわれているのが、エイミー・ワインハウスが2003年にリリースした1stアルバム『フランク』だ。

「『フランク』がリリースされたとき僕は11歳だったんだけど、このアルバムによって僕のアーティストとしての在り方、そして音楽や叙情との付き合い方が作り上げられたんだ」


サム・スミスだけでなく、アデルやブルーノ・マーズなど、近年活躍する多くのアーティストが、影響を受けたアーティストとして名を挙げているエイミー・ワインハウス。
2011年に心臓発作により27歳の若さで亡くなり、その短いキャリアで残されたアルバムはわずか2枚のみだが、音楽と真摯に向き合い、言葉に自身の悲しみをさらけ出し、持てる感情の全てを注ぎ込んだその歌声は、多くの人々の心を揺さぶってきた。
そしてそれはサム・スミスにとって、アーティストとしての規範となるのだった。

エイミー・ワインハウスが亡くなった翌年、サム・スミスはディスクロージャーのヒット曲「ラッチ」にゲストボーカルとして参加したことから世間の注目を集めた。
しかしそこからデビューに至るまでに、2年もの月日を要している。すでにいくつかの曲を書いていたにも関わらず、サムは自ら待ったをかけたのだ。
これらの楽曲は自分が目指す水準に届いているのか、人の心を揺さぶるほどの力を持っているだろうか、そう考えたサムは焦ることなく時間をかけ、納得のいくものを作り上げていった。
こうして完成した『イン・ザ・ロンリー・アワー』について、サムは「孤独な21歳の日記」だと説明している。



2015年には『イン・ザ・ロンリー・アワー』にボーナストラックなどを加えた企画盤『イン・ザ・ロンリー・アワー・エクストラ~ドラウニング・シャドウズ』がリリースされた。その中で、サムはエイミー・ワインハウスの「ラヴ・イズ・ア・ルージング・ゲーム」をカヴァーしている。


「好きになった時点ですでに負けだった」と失恋の中で後悔を歌うこの曲について、サムは「僕がこれまで聴いてきた歌の中で、もっとも共感できる歌詞だ」と話している。



悲しみや寂しさはサム・スミスにとってもっとも共感できる感情なのだろう。
そんな彼の作る歌に、今の時代を生きる多くの人たちが共感をしている。

Sam Smith『In the Lonely Hour (Drowning Shadows Edition) 』
Universal

Pocket
LINEで送る

関連するコラム

[TAP the CHANGE]の最新コラム

SNSでも配信中

Pagetop ↑

トップページへ