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少年時代のヴァン・モリソンを夢中にさせたレッドベリーの音楽

2018.04.03

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これまで様々なジャンルの音楽を取り込み、自身の音楽を追求してきたヴァン・モリソン。
それは自身の音楽を探求する旅ともいえるが、その旅路はどこからはじまったのだろうか。

ヴァン・モリソンが生まれたのは1945年の8月31日。場所は北アイルランドの首府、ベルファストだ。

幼き日のヴァンにとって何よりも幸運だったのは、両親が熱心な音楽ファンだということだった。
特に造船所で電気技師として働いていた父のジョージは、ジャズやブルースが好きで、かなりのレコードコレクターでもあった。
ジャズやブルースといった音楽が身近にあることを、ヴァンは当たり前のことだと思っていたが、カントリーが人気を占めていた当時のベルファストにおいて、それはかなり珍しい家庭だった。

そんな父のレコード・コレクションの中で、特にヴァンの心を掴んだミュージシャンの一人がレッドベリーだ。
ヴァンの記憶によれば9歳か10歳の頃に、父の持っていたレッド・ベリーの『クラシックス・イン・ジャズ』を聴いたのがはじめてで、その声、12弦のギター、伝わってくるエネルギーに強く魅せられたという。

「ある種のスピリチュアルな体験だった。まさしく吸収したという感じだよ」




「おやすみアイリーン」や「ロック・アイランド・ライン」など、数々のスタンダードを残したレッドベリーは、その波瀾万丈な生涯でも有名である。
伝説のブルースマン、ブラインド・レモン・ジェファーソンに師事して腕利きのプレイヤーとなるも、殺人をはじめとするいくつかの罪によって幾度も刑務所へと送られている。

しかし、その音楽は間違いなく本物だった。
レッドベリーはブルースだけでなく、アメリカ各地に伝わるフォークやゴスペルなど、あらゆる歌を記憶していた。そして彼が12弦ギターとともにそれらを歌えば、そこには人の心を揺さぶる何かが宿ったのである。



少年時代にヴァンが聴いていた音楽は、レッドベリーだけではなかった。
父親のレコード棚にあったソニー・テリーやマディ・ウォーターズからブルースを、ルイ・アームストロングやチャーリー・パーカーからはジャズを、ウディ・ガスリーからはフォークを、そしてハンク・ウィリアムスからはカントリーを学び、吸収していった。
のちにヴァンが発揮する様々なジャンルの音楽をまとめ上げていく才能は、この頃に築かれたものかもしれない。

その中でもやはり、レッドベリーは特別な存在だったようだ。
というのも、ヴァンはいつも部屋にレッドベリーのポスターを飾っていたからである。
ついには夢中になりすぎていることに危険を感じ、ポスターを捨てようとしたこともあるという。

「ある日、そいつを眺めながら思ったんだ。『これは捨てた方がいい。俺をダメにする』とね。それで壁から外し、捨てる寸前だった。丁度その時、何か音楽でも聴こうと思ってラジオをかけたんだ。するとレッドベリーの<ロック・アイランド・ライン>が流れてきたじゃないか。『なんてこった!』と慌ててポスターを壁に戻したよ」


ヴァンの高校時代、若者たちの間では洗濯板といった身近なものを楽器に使ったスキッフルがブームとなっていた。
その火付け役となったのがスキッフル奏者のロニー・ドネガンだ。
多くの若者たちには「自分たちでもできるぞ」というその手軽さからウケたが、ヴァンにとってはロニーがカヴァーしてヒットさせた曲が、レッドベリーの「ロック・アイランド・ライン」だったことも大きかった。



ヴァンもまた友人らとスキッフル・バンドを組み、主にレッドベリーとロニー・ドネガンの楽曲をカヴァーしていたという。
こうしてヴァンは音楽の世界へと足を踏み入れ、ミュージシャンへの道を進んでいったのである。


ヴァン・モリソンは1998年にロニー・ドネガンとともにスキッフルのアルバムを制作しており、そこではレッドベリーの楽曲もいくつかカヴァーしている。



参考文献:
『ヴァン・モリソン 魂の道のり』ジョニー・ローガン著/丸山京子訳(大栄出版)

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