「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the COLOR

3月に去ったレジェンド①〜チャック・ベリー/ジョン・ベルーシほか

2018.03.07

Pocket
LINEで送る

★ダウンロード/ストリーミング時代の色彩別アルバムガイド
「TAP the COLOR」連載第243回〜YELLOW〜

(3月に亡くなった主なミュージシャン)
ロック/ポップ:チャック・ベリー、ジョン・フィリップス(ママス&パパス)、リチャード・マニュエル(ザ・バンド)、キース・エマーソン(EL&P)、アンディ・ギブ(ビー・ジーズ)、ポール・コゾフ(フリー)、マイク・ポーカロ(TOTO)、ランディ・ローズ、イアン・デューリー、ダスティ・スプリングフィールド、ダン・ハートマン、マントヴァーニ

カントリー/フォーク:パッツィ・クライン、ジョーイ・フィーク

ブルーズ/R&B/ソウル:ジョン・ベルーシ(ブルース・ブラザース)、Tボーン・ウォーカー、ローウェル・フルソン、ジェイムズ・コットン、アーサー・クルーダップ、ノートリアスB.I.G.

ジャズ:チャーリー・パーカー、チャーリー・クリスチャン、レスター・ヤング、ジャッキー・マクリーン

その他:セルジュ・ゲンスブール、セレーナ、フランキー・ナックルズ


あなたの好きな色は?〜TAP the COLORのバックナンバーはこちらから

チャーリー・パーカー『Charlie Parker with Strings』
ジャズに“モダン”の命を吹き込んだチャーリー・パーカーは感覚、ブルーズの人だった。鋭角的で凄まじいスピードで起伏するフレーズ。そんな衝撃的なアドリブを吹くパーカーを人々は“バード”(あるいはヤードバード)と呼んだ。後進のジャズマンはみんなパーカーに憧れ、“バードランド”の名がついたクラブや曲も生まれた。本作はパーカー自身のリクエストによって録音されたストリングス・アルバム(1947年〜1952年の録音集)。当時は酷評されたが、今ではパーカーの歌心が刻まれた傑作の一つに。1955年3月12日死去、享年34歳。彼の死後、音楽史にはロックンロール旋風が巻き起こった。
(詳しくはこちらのコラムをお読みください)
バード~モダンジャズの苦悩と歓喜を体現したチャーリー・パーカーの伝説



チャック・ベリー『The Great Twenty-Eight』
ロックンロール・ギターの王様として、キース・リチャーズやジョン・レノンらのヒーローとして、余りにも有名なチャック・ベリー。最初のロックの殿堂入りメンバーは世界の誰一人として異議はなし。1955年にマディ・ウォーターズの紹介でチェス・レーベルからデビュー。「Maybellene」「Roll Over Beethoven」「School Days」「Rock and Roll Music」「Sweet Little Sixteen」「Johnny B. Goode」「Carol」など、その後クラシックとなるヒットを50年代に連発した。本作は1982年に発売された黄金のサウンドを満喫できるアンソロジー。今聴いても躍動感がハンパない。2017年3月18日死去、享年90。



ブルース・ブラザース『Best of The Blues Brothers』(1981)
伝説のコメディアン、ジョン・ベルーシ扮するジョリエット・ジェイク・ブルース。そしてベルーシのパートナーであるダン・エイクロイド扮するエルウッド・ブルース。人呼んで“ブルース・ブラザース”。1975年10月にスタートしたTVバラエティ『サタデー・ナイト・ライブ』にレギュラー出演していたベルーシとエイクロイド。二人の素敵な野蛮人がフロントマンとして立つブルース・ブラザースは、番組のファーストシーズン終了後の76年夏の一つの旅をきっかけにエイクロイドが違法経営するバーで発案され、メンバー集めを経て78年に番組の1コーナーとして開花した。その後、ライヴやレコードリリース、映画へと派生していったのは有名だ。本作は彼らのベスト盤。ベルーシは1982年3月5日に死去、33歳の若さだった。
(詳しくはこちらのコラムをお読みください)
ジョン・ベルーシとダン・エイクロイド〜旅と悲しみから生まれたブルース・ブラザースの絆

ブルース・ブラザース〜33歳で逝った伝説のジョン・ベルーシ



オジー・オズボーン『Diary of a Madman』(1981)
1980年にリリースされた最初のアルバム『Blizzard Of Ozz』が絶賛されてツアーも大盛況だった時、オジーの不安は一転して成功へと変わった。リフ主体のブラック・サバス時代から、メロディ志向のソロ時代へ。その鍵を握ったのがランディ・ローズの個性的なギターで、彼のクラシック音楽的な旋律を取り入れたプレイは、当時のロックシーンには余りにも衝撃的だった。悪魔崇拝、酒のトラブル、鳩やコウモリを食いちぎった事件など、オジーには常に黒いイメージがつきまとっていたが、ランディは何もかも逆のような白く美しい天使のような存在であり、この二人の相反するコントラストこそが、最大の魅力でもあった。1981年には2枚目となる本作もリリース。すべてが順調かのように見えたのだが……ランディは1982年3月19日に事故死、享年25。
(詳しくはこちらのコラムをお読みください)
オジー・オズボーンとランディ・ローズ〜運命のオーディション


Pocket
LINEで送る

あなたにおすすめ

関連するコラム

[TAP the COLOR]の最新コラム

SNSでも配信中

Pagetop ↑

トップページへ