「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the DAY

リッキー・リー・ジョーンズとトム・ウェイツの恋物語

2019.11.08

Pocket
LINEで送る

彼女がトム・ウェイツと出会ったのは1977年、22歳のときだった。
歌手としての成功を夢見てナイトクラブやコーヒーショップなどで歌っていた頃。
19歳で家出をしてロサンゼルスへやってきた彼女は、当時住む家もないまま友人のアパートなどを転々としながらウェイトレスとして働いて生計を立てていた。
そんなある日、ロサンゼルスでも有名なクラブ、トルヴァドールで歌うチャンスを得る。
その時にトルヴァドールのキッチンで働いていたのが、後の彼女のヒット曲「Chuck E.’s In Love(恋するチャック)」のモデルとなったチャック・E.ワイズだった。
チャックが自分の友人であるトム・ウェイツを彼女に紹介したことがきっかけとなり…二人は恋に落ちる。
親しくなった二人は50年代のビート詩人たちのように毎日朝方近くまで酒場で語り合うようになり…すぐに同棲を始めたという。
トムは当時の彼女の印象をこんな風に語っている。


「ゴージャスなブロンド、小鹿のような眼、そして豪華なあの胸のふくらみ、一目見たとたんあの家出娘にはまいったもんよ。」


当時28歳だったトムはすでにプロ歌手として世に出ており、前年にアルバム『Small Change』を発表したばかりだった。
デビューから3枚のアルバムを発表したものの、セールス面では実績を残せなかった彼は疲れきっていた。
そこでレコード会社の援助を受けてロンドンに渡り、滞在中に名曲「Tom Traubert’s Blues (Four Sheets to the Wind in Copenhagen)」を書いた。



疲れ果てて傷ついてしまったんだ
月のせいじゃねぇ
身から出た錆ってことよ
明日会おうな 
おい、フランク
2〜3ドル貸してくれねぇかな
放浪の旅に出よう、そう旅をするんだ
お前は俺と一緒に旅に出るんだ







二人が出会った1977年、トムはアルバム『Foreign Affairs(異国の出来事)』を発表している。
その翌年に発表した『Blue Valentine』(1978年)と続けて、トムは彼女の写真をレコードジャケットに使っている。
トムはこの時期、まだ歌手として下積み時代を過ごしていた彼女のために「Rainbow Sleeves 虹の袂(たもと)」という曲を書き上げている。
同曲は、後に彼女自身が歌うこととなる。


自分がささやく望みでできた翼に乗って
行ったことのないところに飛んでゆく夢を
君はいつも見ていた

今や君の夢を運ぶのは
いつもウィスキーにもらった翼で
月もすでに君のものではない

憂鬱のせいで歌うのをやめたりしないでくれ
君は翼が片方折れただけなんだよ
だから、僕の虹につかまってくれればいい
僕の虹にしっかりつかまって
君を虹色のたもとへ連れて行こう


彼女もまたトムとの同棲生活の中で「Easy Money」という曲を書き、その曲がローウェル・ジョージ(元リトル・フィート)のソロアルバム『特別料理』(1979年)で取り上げられることになり、24歳でようやくデビューのきっかけを掴む。
1979年2月、アルバム『浪漫』でデビューを果たし、いきなり全米3位の大ヒットとなる。二人の出会いのきっかけとなった楽曲「Chuck E.’s In Love(恋するチャック)」も同アルバムからシングルカットされ全米4位を記録し、彼女は翌年のグラミー賞・最優秀新人賞を獲得する。



「あの人の “底辺に生きる” ことへの憧れはよくわかるし、歌も生き方も大好きよ。でも二人で一緒にそれを続けていたら、どちらかが先にダメになってしまう。」

彼女が一躍スターダムへの道を歩き始めた頃、二人は別々の道を選択することとなる。
この時の別れを情景をトムは後に「Ruby’s Arms」という楽曲にしたためている。


お前と一緒に居たときに着ていた服は全部おいていくよ
このエンジニアブーツだけあればいい
それと革のジャケット
ルビーの腕にさよならするんだ
俺の心は砕けたけれど
日よけをすり抜けそっと出て行くよ
お前はすぐに目を覚ましてしまうだろうから

このいまいましい雨
誰か俺を列車に乗せてくれないか
俺は二度と君の唇にキスすることはない
君の心を傷つけることもない
さよならするから
本当にさよならするよ
さよなら、ルビーの腕…





Pocket
LINEで送る

あなたにおすすめ

関連するコラム

[TAP the DAY]の最新コラム

SNSでも配信中

Pagetop ↑

トップページへ