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初来日の武道館でエリック・クラプトンが弾いていた幻のギブソン・エクスプローラー

2023.10.30

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いわゆる“3大ギタリスト”最後の大物として初来日したエリック・クラプトンのコンサートは、1974年10月31日の夜に日本武道館で初日の幕を開けた。

「ヤードバーズ」や「クリーム」での活躍後、約3年間もレコーディング、コンサート活動を中止していたために、当時のクラプトンは伝説の存在となっていた。
ジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョップリンと同様に、ドラッグ中毒でシーンから消えてしまうのではないかと、ファンをずっと心配させていたのだ。

だが1974年になってから復活したとの情報が海外から入り、アルバム『461オーシャン・ブールバード』を完成させると、6月28日から8月にかけてアメリカでカムバック・ツアーが始まった。
そして来日公演が発表になり、チケットは瞬時に売り切れて追加公演も発表された。

待ちに待った”神様”がついにやって来るという期待が高まる中、1万人を超える大観衆に迎えられてクラプトンが現れると客席からは拍手と歓声がまきおこった。

暗いステージにバンドのメンバーと登場したクラプトンは、長い髪と口ひげをたくわえて、アコースティックギターを抱えていた。

その日のクラプトンは宿泊していたヒルトンホテルのバーで、プレッシャーを紛らわすためにかなりの量のアルコールを飲んでから武道館に出発している。
ホテルの駐車場でその姿を撮影した音楽雑誌「ミュージックライフ」のカメラマン、長谷部宏によればほとんど泥酔に近い状態で、両脇をローディーに抱えられて歩いていたという。

ライプはどんな曲から始まるのか? 
ロック・ファンやギター小僧の間では、様々な予想が語り合われて大いに盛り上がっていた。

ところがアコースティック・ギターで始まったのは、ナット・キング・コールの歌でも知られるスタンダード・ソングの「スマイル(Smile)」だった。
もとはチャップリンの映画『モダン・タイムス』で使用された、インストゥメンタルのテーマ曲である。

まったく意表をついたオープニングとなったコンサートは、そのまま2曲目もレイドバックそのものといった感じで、ゆったりと展開していった。
そのあたりから武道館の空気には異変が起こっていた。

”ギターの神様”の目の覚めるようなプレイを待ち望んでいた観客にとって、アコースティック・ギターで奏でられる優しい歌は強烈な肩すかしで、期待が大きかった分だけ落胆も大きかったのだ。

ステージ上のクラプトンは何ごともなかったように、4曲目から不思議な形のエレキギターに持ち変えると、デレク・アンド・ザ・ドミノス時代の「Tell The Truth」を弾き始めた。
観客はようやく少し落ち着いて、そこから雰囲気を楽しみ始めるようになった。

そして9月14日に全米1位となったばかりだった最新ヒット曲「アイ・ショット・ザ・シェリフ」では、観客の手拍子も入ってきてムードが盛り上がった。
とはいえ当時は日本人の大半がレゲエを知らなかったので、ゆったりしたノリにはいまひとつ乗りきれないままの観客もいた。


結局この日のコンサートは最後までヴォーカル中心のスタイルで貫かれて、誰もが期待していたギター・ソロはどの曲でも短くて控え目のアレンジだった。

先に来日公演を行なった“3大ギタリスト”のジミー・ペイジとジェフ・ベックが、テクニカルで迫力あるギタープレイを堪能させてくれただけに、燃焼しきれない思いを持った人が多かったのだろう。
最後の曲「いとしのレイラ」が始まるやいなや、アリーナ席にいたファン約1000人が係員の制止を振りきって次々にステージに駆け寄った。

ひとしきり盛り上がった「いとしのレイラ」が終った後、かぶりつきで間近にクラプトンを目にした観客たちは、口々に「あのギターは何だ?」と話題にしていた。

それも無理はない、クラプトンがその日、弾いていたのは世界に100本もないという幻のギター、1959年に生産が中止になったギブソン・エクスプローラーだった。

日本には1台も入っていない変わった形のギターは、特製品でボディの一部を独自にカットしてあった。

後にアンプ・メーカーのMusicmanのポスターに使われてから、ファンの間では「エルボーカット・エクスプローラー」とも呼ばれるようになる。

エリック・クラプトン「スマイル」

(注)このコラムは2014年10月31日に公開されたものの改訂版です。





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