TAP the DAY

ジャズブームが終息して日本でロックンロールが爆発した「日劇ウェスタンカーニバル」

2017.02.08

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1950年に勃発した朝鮮戦争で日本は朝鮮半島に出兵するアメリカ軍の補給物資を全面的にまかない、破損した戦車や戦闘機の修理から戦死した将兵の遺体処理までを請け負う形になった。
日本にある基地と周辺の市町村全体が米軍を後方支援するという役割を果たしていた。

そこからいわゆる朝鮮特需が起きてどん底だった日本経済を刺激して、好景気に転じたことから戦後復興がもたらされた。
 
敗戦の焼け跡から立ち上がった人々にも、娯楽を求める余裕が出て来たのはちょうどその頃である。
なかでも若者たちを熱狂させたのはアメリカからやって来た舶来の音楽=ジャズだった。

火付け役となったのは進駐軍放送のラジオで、WVTRからは連日ジャズが流れてきた。
また開局ラッシュが続いた民放ラジオでもジャズ番組は人気があった。

なかでも有名だった寿屋(現・サントリー)提供の「トリスジャズゲーム」は、1954年に放送が始まって7年半も続いた公開番組だ。


番組の看板アーティストは人気コンボのビッグ・フォー。
ジョージ川口(ドラムス)、小野満⇒後に上田剛(ベース)、中村八大(ピアノ)、松本英彦(テナー・サックス)と、全員がジャズ雑誌の人気投票が1位だった4人が結成したスーパー・グループである。

クールで超人的なテクニック、スピード感が満点の演奏、派手なステージ・アクション。
ビッグ・フォーは古いジャズとは対極に位置する先鋭的なバンドだった。

番組では客席からリクエストをもらってアレンジし、その場ですぐにジャズとして演奏するコーナーが目玉になった。
彼らはジャズやポップスに限らず、歌謡曲、民謡、童謡、校歌、どんな曲でも即興で演奏してみせた。

アレンジ担当の中村八大は常時1000曲ぐらいのスコア (楽譜)が、頭の中に詰まっていると言って聴取者を驚かせた。

日劇ビッグフォー

ところが1953年に朝鮮戦争が休戦協定によって一時的に終結したことで、20数万人にまでふくれあがっていた在日米軍は徐々に帰国し始めていった。

それからの5年間で数万人にまで減少した影響で、全国各地に点在していた米軍キャンプが次第に縮小された。
ジャズ・ミュージシャンにとって金銭面で最も待遇がいい職場がなくなったことから、日本のジャズ・ブームも終息に向かっていく。

在日米軍の地上戦闘部隊の撤退が完了したのは1958年2月8日のことだ。
そしてその2月8日こそが、新時代へのターニング・ポイントとなった。

その日、有楽町の日劇で初日の幕が開いた「第一回日劇ウェスタン・カーニバル」は、世界中に新しい変革をもたらしたロックンロールの日本上陸だった。

日劇うぇせ

ロックンロールの火付け役となったビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」は、すでにジャズ・シンガーの江利チエミがカヴァーしていた。
当時はウェスタンとも呼ばれていたアメリカのカントリー・ミュージックと共存する形で、ロックンロールではエルヴィス・プレスリーが大いに注目を集めていた。

そうやって少しづつ広まっていたロックンロールが日本で一気に爆発したのは、ロカビリー三人男すなわち平尾昌晃、ミッキー・カーチス、山下敬二郎がウェスタンカーニバルに登場して人気が爆発してからのことだ。

彼らは必ずしもロックンロール・ナンバーばかり歌っていたわけではない。
しかし若者による大人社会への異議申立てや、既成概念を壊そうという精神はロックンロールに通じていた。

エルヴィス・プレスリーの「ハートブレイク・ホテル」、ポール・アンカの「ダイアナ」、ジーン・ヴィンセントの「ビー・バップ・ルーラ」などのカヴァーに人気が集まった。

特に人気があった「ダイアナ」は各レコード会社の競作になったが、なかでも山下敬二郎のヴァージョンがヒットした。
それをアレンジして歌唱指導を行ったのはビッグ・フォーの中村八大だ。

日劇ウェスタン・カーニバルはおよそ3か月おきに開催されて、水原弘、井上ひろし、かまやつひろし、守屋浩、坂本九、ジェリー藤尾と、新しいスターが続々と誕生してきた。



その後の若者たちが夢中になった音楽、アメリカンポップスのカヴァー・ブーム、エレキブーム、GSブーム、フォーク・ブーム、ニューミュージックなど音楽のムーブメントはここが原点だった。

ミッキー・カーチスは自身のヒット曲を持たなかったが、歌手としての活動以外にも俳優、司会、落語と活動の場を広げて、1970年代にはプロデューサーとしてガロや小坂忠、キャロルなどを世に出していく。

ブームの最中から自分でも曲を書き始めた平尾昌晃は、歌謡曲の作曲家としても大成して布施明「霧の摩周湖」、五木ひろし「よこはまたそがれ」、小柳ルミ子「私の城下町」と大ヒットを出した。

そしてビッグフォーのピアニストだった中村八大はロカビリー映画で、挿入歌の「黒い花びら」(歌:水原弘)を書いて第1回レコード大賞を受賞し、作・編曲家として「上を向いて歩こう」などのオリジナル・ポップスを誕生させる。



(注)本コラムは2015年2月8日に公開したものを改題、加筆しました。

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