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コオロギから生まれたカブトムシ〜稀代のロックンローラー、バディ・ホリーの才能と功績

2016.02.03

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ジョージ・ルーカス監督の映画『アメリカン・グラフィティ』の中に“バディホリーが死んでロックンロールは終わった”というセリフがある。
──1959年2月3日、それはアメリカのシンガーソングライター、ドン・マクリーンが「American Pie」(1971年全米1位)の中で“The Day the Music Died(音楽が死んだ日)”と歌った日である。
今から半世紀以上も前のこの日…バディ・ホリーをはじめリッチー・ヴァレンス、ザ・ビッグ・ボッパーといった当時の人気ロックンローラー3人が飛行機事故で命を落とした。
バディ・ホリーと言えば、22歳で亡くなるまでの間(厳密にいえば)成功して活躍したのは約1年半に過ぎないのだが、ロック史で最も影響力のあったアーティストの一人として記憶されている。
また彼は、ビートルズやローリング・ストーンズに影響を与えた人物としても有名だ。


ミック・ジャガーは「レコードジャケットの写真を見るまでバディ・ホリーは黒人だと思っていた。彼ほど独創的な人はいない。」と語っている。
キース・リチャーズは「バディは何でも自分でやってしまうし、バンドとしても凄かった。そんな事ができたのはバディが最初だよ。本当の天才だ。」と続けた。
ジョン・レノンは青年時代、眼鏡をかけることに強い抵抗感を持っていたが、バディ・ホリーが“眼鏡をかけたロックンローラー”として堂々と振舞っていたのを見て、人前で眼鏡をかける事を恥ずかしい思わなくなったという。
そして現在、バディ・ホリーの楽曲の著作権をすべて買い取っているポール・マッカートニーは「3コード、バンド、立って楽器を弾くスタイル、ビートルズはバディ・ホリー&ザ・クリケッツの真似から始まった。」と語る。


エルヴィス・プレスリーのようにセクシーでもなく、カール・パーキンズのように泥臭くもなく、ジェリー・リー・ルイスのようにイカれてもいないロックン・ローラー。
黒縁眼鏡とスーツがトレードマークの、スマートでにこやかな男。
バディ・ホリーことチャールズ・ハーディン・ホリーは、1936年にテキサス州の石油と酪農の街ラボックで4人兄弟の末っ子として生まれた。
一家が音楽好きだった影響で彼の音楽体験は早く、4歳でヴァイオリンとピアノを弾き始め、5歳の頃には2人の兄と出場したコンテストで古いブルーグラスの曲を歌って5ドルの賞金を獲得したというエピソードも残されている。
7歳の頃から彼は、ラジオから流れるカントリーミュージックなどに心を奪われてギターの練習に励むようになる。
そして13歳になった彼は、自らアコースティックギターを弾いてハンク・スノウの「My Two Timin’ Woman」を歌いホームレコーディングする。
これが、バディ・ホリーの初録音といわれている。


彼はわずか22歳で亡くなってしまったが…その音楽は死ななかった。
死後に発売されたシングル曲もヒットし、ベストアルバムはその後5年間チャートにとどまるという大記録を打ち立てる。
「もっとバディ・ホリーを聴きたい!」という声がどんどん高まっているのを知ったかつてのマネージャー、ノーマン・ペティは、自分のところで吹き込んだ様々なデモテープやアウトテイクなどをオーヴァーダビングでうまく処理して発売するようになる。
それは、まるで“まだ生きているアーティスト”と同じように新曲を発表するという異例のリリースだった。
これは1969年まで続くことになり、バディ・ホリーは死後10年間に渡り、現行シーンで活躍するアーティストと肩を並べていたのだ。
ゆえに、彼は実際に活躍した50年代の約1年半だけでなく、それに続く60年代でも絶大な影響力を持っていた。
彼の音楽の何がそんなに革新的で凄かったのか?
例えばギター演奏の分野で言えば、感情移入をして即興に近いフレーズで表現するブルース奏法とは違い、実にコンパクトで印象的なギターソロを弾くスタイルを発明した男だった。
彼の代表曲「Not Fade Away」、「Peggy Sue」、「Oh, Boy!」などを聴けば、現在のポップス全般にみられる“それ”を知ることができるだろう。




また曲作りの面においても、シンプルかつ洗練されたリズムとメロディーを作り出しており、当時としては珍しかった2トラック録音の先駆だった。
さらには、彼のバンド演奏スタイルそのものが、後のロックミュージックの原型となったとも言われている。
バディ・ホリー&クリケッツは、メンバー全員が楽器を弾きながらコーラスも歌い、エレキギター2本、ベース、ドラムスで編成されたロックバンドだった。
そのスタイルをそっくり真似て演奏したイギリスの4人組が、1960年以降の音楽史において“世界で最も成功したグループ”となる。
彼らのバンド名(カブトムシ)は、クリケッツ(コオロギ)へのオマージュとして名付けられたという。


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