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ラルフ・スタンレー89歳〜ブルーグラスの巨星が歌う、死神との押し問答〜

2016.02.25

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ラルフ・スタンレーという人をご存知だろうか?
本日89歳を迎える“燻し銀”のようなミュージシャンで、アメリカ開拓時代のアパラチア山岳地帯で発祥した音楽“ブルーグラス”の歌手・バンジョー奏者として知られている大御所だ。
彼は1927年2月25日にヴァージニア州ディッキンソン郡クリンチ・マウンテンで生まれ、同郡のすぐ近くのマクルアで育ち、今もそこに住んでいるという。
1946年、19歳になった彼は二歳年上の兄(カーター・スタンレー)とバンドを組み、当初は民族音楽の匂いが強いものを演奏していた。
“ブルーグラスの父”と呼ばれているビル・モンローが、ラジオ番組グランド・オール・オープリー(現在も続く世界最長寿ラジオ番組)でブルーグラスを広めはじめていた頃、彼ら兄弟も自らを“スタンレー・ブラザーズ”と名乗り、新しい音楽スタイルに取り込んでいった。

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それに伴い古いスタイルでバンジョーを演奏していた彼は、急遽スクラッグス・スタイル(バンジョーのロール奏法方)を習得したという。
新しく出てきたブルーグラスを、従来のマウンテンスタイル(山岳民族音楽)でやってみようとする兄弟の試みは、彼らの率いるバンド“クリンチ・マウンテン・ボーイズ”と共に実現される。
彼らは後に「1950年代のクラシック・ブルーグラスの神髄を聴かせる偉大なバンド」と称賛される存在となった。
1960年以降のクリンチ・マウンテン・ボーイズは、マンドリンに代わって第2ギターを使うことが多くなる。
また、黒人音楽からの影響を伺わせるリズムセンスと、ギター奏法も彼らの特徴のひとつだった。
加えて兄弟2人の声の調和が唯一無二で、どこか物悲しく聴こえる歌声は他の追随を許さなかったという。
結成から20年の時が経とうとしていた1966年、カーターが肝硬変で他界。
長年の慢性アルコール中毒がもたらしたツケが41歳の兄を奪った。
兄の意志を継ぐように、その後も彼は自らをフロントに立たせてバンド活動を続ける。
それから30年以上…長い時の流れの中で、彼はバンド仲間と共にそのスタイルを貫いていた。
ブルーグラスの世界では、彼の名を知らぬ者はいないと言われるほど活躍してはいたものの、それは決して賑やかで華々しい日々ばかりではなかった…。
そして、そんな彼が75歳の時に突如として“時の人”となったのだ。
20世紀のラストイヤーとなった2000年にコーエン兄弟が製作したコメディ映画『オー・ブラザー!』(原題: O Brother, Where Art Thou?)の劇中で、彼が歌う「O Death」という曲が起用された。

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その歌は死の床にある男が死神と押し問答している内容で、スコットランドやアイルランドなどにルーツを持つ人々がアパラチアの山の中でずっと歌い継いで来た“マウンテンソング”と呼ばれるフォークソングの一つだった。
どこか日本の民謡にも通じるようなこの「O Death」。
聴こえてくる歌声から、どこか仏教的な慈悲を感じるのはなぜだろう…。


おお死神よ
おお死神よ
頼むからあと1年勘弁してくれないか

どうしたことか 俺の目が見えない
そして冷たい手が俺を連れ去る
そう 私の名は死神 
私に勝てるものはいない
天国か地獄か 
どこにつながる扉か私が開けてしんぜよう

おお死神よ 誰かが祈ったはずだ
来るなら別の日にしてくれと
子供たちは祈ったとも 
宣教師は説教したとも
慈悲深き時は今こそ来たのだ 
おまえの知るところではない

おお死神よ
おお死神よ
頼むからあと1年勘弁してくれないか

私は死神 お前の魂を連れにやって来た
その冷たい肉体を残し 
主にはその肉を棺桶の中に放り込み
大地と虫どもにやってしまうのだ

母親が俺の枕元にやってきて
冷たい布を顔にかけていく 
頭は暖かいのに足は冷たい
死は俺の魂を持ち出してしまった


カントリー、ブルースを中心とした良質なルーツミュージックを、メジャーフィールドに送り込むことで音楽ファンから絶大な信頼を得ているT=ボーン・バーネットがプロデュースしたサウンドトラックは大ヒットを記録。
全米で700万枚を超える売上を挙げ、2002年度のグラミー賞最優秀アルバム賞に選ばれた。
さらに、ラルフ・スタンレーが「O Death」で男性カントリーボーカル賞を受賞したのだ。
プロデューサー部門を含めると、主要部門の“Album Of The Year(年間最優秀アルバム)”を含む全5部門での受賞という快挙だった。

【受賞した部門】
●Album Of The Year
(年間最優秀アルバム):『オー・ブラザー!』
●Best Country Collaboration With Vocals
(最優秀カントリー・コラボレーション):「マン・オブ・コンスタント・ソロ  
 ウ(ずぶ濡れボーイズ)」
●Best Male Country Vocal Performance
(最優秀男性カントリーボーカル):「オー・デス(ラルフ・スタンレー)」
●Best Compilation Soundtrack Album For A Motion Picture, Television Or Other Visual Media
(最優秀サウンドトラック・アルバム):『オー・ブラザー!』
●Producer Of The Year, Non-Classical
(年間最優秀プロデューサー):Tボーン・バーネット

授賞式では、このアルバムに参加したアーティスト達によるスペシャルパフォーマンスがあり、エミルー・ハリス、アリソン・クラウス、ギリアン・ウェルチがメドレー形式の名演を繰り広げた。
授賞式の後、参加アーティストを代表してエミルーが「この結果に私達全員が本当にとても驚いています。(アメリカのルーツミュージックを再現した)このサウンドトラックが私達の心を動かしたのと同じように人々の心を動かしたのだとしたら、私はとても嬉しいです」とコメントした。
75歳を迎えて突如として“時の人”となったブルーグラスの巨星ラルフ・スタンレーも、その世界中が注目するステージで“燻し銀の歌声”を披露した。


おお死神よ
おお死神よ
頼むからあと1年勘弁してくれないか

おお死神よ
俺をこの舞台から連れて行かないでくれ
その冷たい手をどけてくれるなら
俺の金をすべてやる

金などいらない 
土地もいらない 
金銀財宝もいらない
どんな素晴らしい快楽もいるものか 
ただお前の魂だけを除いては
老人も、若者も、金持ちも貧乏人も
皆等しく私と行くのだ

おお死神よ
おお死神よ
頼むからあと1年勘弁してくれないか


『O Brother, Where Art Thou?』オリジナルサウンドトラック

『O Brother, Where Art Thou?』オリジナルサウンドトラック

(2000/Mercury Records)

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