TAP the DAY

粘り強い押し売りによってレコード・デビューを果たしたジョニー・キャッシュ

2016.06.21

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1954年、兵役を終えてドイツから戻ってきたジョニー・キャッシュは、当時交際していたヴィヴィアンと結婚すると音楽の盛んな町、テネシー州メンフィスで新たな生活をスタートさせる。
そこで電化製品を訪問販売する仕事に就き、昼は働いて夜になると友人らとクラブでステージに上がって歌うという日々を送りはじめた。
しかし訪問販売の仕事がなかなかうまくいかず、次第にキャッシュは仕事を辞めたいと思うようになるのだった。

そんなある日、キャッシュはついに仕事を辞めてプロのミュージシャンになることを決意する。
レコード会社のオーディションを受けるため、早速メンフィスのサン・レコードに電話を入れた。

サン・レコードはサム・フィリップスによって1952年に設立された小さなレコード会社だが、所属するエルヴィス・プレスリーのレコードが次々とヒットしており、もっとも勢いのあるレーベルの1つとして知られていた。

キャッシュの電話に出たのは社長のサム本人だった。

このときキャッシュには絶対的な自信があり、自分もサン・レコードのミュージシャンの仲間入りを果たすことを確信していたという。

ところがキャッシュはオーディションの約束をするまでもなくあっさりと断られてしまった。
納得のいかず2週間後に再び電話を入れるも、結果は変わらなかった。
キャッシュはゴスペルのレコードを出したかったのだが、「ゴスペルは売れない」というのがサムからの返答だった。

電話で話していても拉致があかないと判断したキャッシュは数日後、ギターを持ってサン・レコードのスタジオへと向かう。

Sunrecords

スタジオにはまだ誰もいなかったので建物の前で待っていると、しばらくしてサム・フィリップスがやってきた。

「ジョニー・キャッシュです。あなたに電話をかけ続けている者です。私の歌を聴いて後悔はさせません」


その熱意に押されたのか、あるいは実際に会ってみて何かを感じ取ったのか、サムはキャッシュをスタジオの中に入れ、歌を聴いてみることにした。

キャッシュの歌は自信に満ち溢れ、それでいて地の底から響いてくるような独特の力強さがあった。
曲はゴスペルが中心だったが、サムがもっとも気に入ったのはロカビリー調の「ヘイ・ポーター」だった。



サムが「もう1曲ラブソングのようなちょっと泣ける感じの曲がほしい」と提案すると、後日キャッシュは「クライ・クライ・クライ」を書き上げてサムに聴かせる。
オーディションは合格、晴れてキャッシュはサン・レコードからデビューすることになった。

「クライ・クライ・クライ/ヘイ・ポーター」は1956年6月21日に発売されるとカントリーチャートで14位となり、キャッシュとサムは確かな手ごたえを感じとる。

ジョニー・キャッシュのレコード・デビューは、訪問販売さながらの押しの強さによって果たされたのだった。



その後のジョニー・キャッシュにまつわる物語はこちらからどうぞ!
すべてはこの男から始まった〜ジョニー・キャッシュ特集

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