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あの9.11アメリカ同時多発テロの時にミック・ジャガーはどんな行動をとったのか?

2016.07.26

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ローリング・ストーンズが結成50周年を迎えた今でも、ミックは地球上の誰よりも記事にされ、憶測にさらされる人物のひとりであり続けている。
その上で、信じがたいことに、真のアイコンだけが持ちうる圧倒的な神秘性を育むことにも成功している。
結局のところ、このカリスマ的人物はローリング・ストーンズがあってもなくてもスターになっていたような、唯一無二のエキサイティングな魅力を生来備えていたということなのだろう。
だからこそ、半世紀が経った今でも相変わらず我々を魅了し、興奮させ、夢中にさせることができるのだ。
スキャンダル、金、ドラマ、音楽、名声、ドラッグ、セックス、そして天与の才。
そのすべてとそれ以上のものが、一時代を築いたひとりの男の中に凝縮されている。
その男こそがミック・ジャガーなのだ。
(クリストファー・アンダーセン/作家)


今日(7/26)はミック・ジャガーの73歳の誕生日です。
つい先日、交際している29歳のアメリカ人バレリーナとの間に8人目の子供が生まれることが報道されて世間を驚かせたミック。
今日はそんな彼が、あの2001年に起きた9.11アメリカ同時多発テロの時にどんな行動をとったのか?還暦を目前にしていた頃のミックのエピソードをご紹介します。


──2001年、ミック・ジャガーは59歳となり還暦を目前にしていた。
英国の高齢者向けの一流雑誌『サーガ』は9月号の表紙にミックを起用した。
高齢者コミュニティーや介護ベッドなどの広告に囲まれた特集記事で、ミックは音楽に関する話題から自身が出演した新作映画『エニグマ』の制作話に至までとうとうと語った。
タブロイド紙『デイリー・メール』は、見出しで“シッティン・ジャック・フラッシュ”と言い放ち、ミックを冷やかした。
英国版『ヴォーグ』は、ミックを“年金生活者のアイドル”として紹介した。
そんな中、ミックは特に『サーガ』の特集記事に対して「非常に失望した」とクールに装いながら公式コメントを出しが…内心は腸(はらわた)が煮えくり返る思いだったという。

「17歳のふりをするのも馬鹿げているけど、だからといってパブにたむろして60年代の話ばかりをしているもうろくジジぃになる必要もないだろ!」

9月11日、ミックはパリの別邸にいた。
突然、スタッフが書斎に駆け込んできてテレビをつけるように言った。
テレビの画面には、旅客機がニューヨーク世界貿易センターのツインタワーのひとつに衝突している光景が映し出されていた。
続けて2機目がもう一方のタワーに衝突するのを、ミックは「何かの映画か?」と疑いながら唖然と見つめていた。
周りの反応から、これは現実だ!と理解し、次の瞬間こう叫んだ。

「電話をかけさせてくれ!リジーだ!リジーがニューヨークにいるんだ!」

ミックはパニックに陥っていた。
リジーとは、ミックにとって2番目の妻でモデルのジェリー・ホールとの間に生まれた長女のことである。
当時、17歳だったリジーは既にモデルとしてのキャリアをスタートさせており、マンハッタンのトライベッカ地区に住んでいた。
グランドゼロからたったの15ブロックのところだ。
ミックの心臓は早鐘のように鳴っていた。
電話の受話器をつかみ彼女の携帯電話にかけたが…繋がらなかった。
すぐさまロンドン郊外リッチモンドの自宅にいたジェリーに電話をかけた。
ジェリーもすでにリジーの安否を確認するために手を尽くしてはいたが…リジーの同棲相手の男性モデルにも繋がらなかったという。
ミックは、その時のことをこんな風に語っている。

「俺はショック状態だった。そしてひどい恐怖に襲われていた。」

ニューヨークへの電話回線はダウンしていたが、ジェリーがついに同棲相手の故郷(南アフリカ)の家族を通じてリジーの無事だという確認をとった。
その日、タワーが崩壊するのを目の当りにしたリジーは、他のニューヨーカーたちと同じく激しく動揺していたが、怪我もなく無事だったという。
ミックは、これまでに約30年間断続的にニューヨークで暮してきたので、ニューヨーカーたちには親近感を持っていた。
当時、ミックはこのテロ行為に対してこんなコメントを残している。

「世界がひっくり返ってしまった。でも希望と勇気を失うわけにはいかない。犠牲者の死を悼まずにはいられないし、不健全なくらいCNNに釘付けになってしまう…それでも我々は自分の人生を生きなくてはいけないんだ。」

そして翌月の10月20日に、犠牲者の遺族を支援するためにポール・マッカートニーの呼びかけで多くのアーティストがマディソン・スクエア・ガーデンに集結して行われたチャリティーイベント『ザ・コンサート・フォー・ニュー・ヨーク・シティ』に、ミックとキースも参加した。
そのステージでは、ミックがもっともその場にふさわしいと考えた2曲「Salt Of The Earth」「Miss You」をキースと共に歌った。


重労働者諸君に乾杯
下層階級に乾杯
善いこと、悪いことのためにも杯を掲げ
地の塩に乾杯だ
下っ端の兵士のために祈ろう
彼らの骨身を削る任務を考えよう
家の火を絶やさぬようにし
まだ大地を耕している
彼らの妻子のために祈ろう

群集の中を見ていたら
灰色と白と黒がうごめいている
俺にはリアルに見えない
実際、そいつは奇妙に見えるんだ


このコンサートには、ミックの親友のデヴィッド・ボウイやエリック・クラプトン、ビリー・ジョエル、エルトン・ジョン、ジェームス・テイラー、ディスティニーズ・チャイルド、ボン・ジョヴィらが出演し、犠牲者の遺族のために3000万ドル以上の基金を集めた。
出演を終えたミックは、あるインタビューにこんな言葉を残している。

「喜んで出演したよ。このイベントには俺が共感することのできる大義があったんだ。」

自分にできることをやり終えて…ミックはパリに戻り、U2のボノやピート・タウンゼント、レニー・クラヴィッツジョー・ペリーなど錚々たる顔ぶれが参加した新作アルバム『Goddess in the Doorway』のプロモーションに全力を注いだ。



<参考文献『ミック・ジャガー ワイルド・ライフ』クリストファー・アンダーセン(著)/岩木貴子、小川公貴(翻訳)/株式会社ヤマハミュージックメディア>



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