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ビックス・バイダーベックを偲んで〜白人ジャズを確立した男が駆け抜けた“酒とJazz”の日々〜

2016.08.06

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作家の村上春樹は著書の中で、ビックス・バイダーベックについてこんな風に綴っている。

ビックスの偉大な才能を知るには、たった二曲を聴くだけで十分だ。
“Singin’ the Blues” と “I’m Comin’ Viginia” 。
素敵な演奏はほかにもいっぱいある。
しかし異能のサックス奏者フランキー・トランバウアーと組んだこの二曲を越える演奏は、どこにもない。
それは死や税金や潮の満干と同じくらい明瞭で動かしがたい真実である。
たった三分間の演奏の中に、宇宙がある。

<引用元『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮文庫)/村上春樹・和田誠著>


コルネット奏者、ビックス・バイダーベック。
1920年代、ジャズ史上はじめて“白人ジャズ”を確立した男である。
もちろんそれまでにも白人が演奏するジャズはあったが、それらは皆黒人の物真似でしかなかった。
ところが彼の吹くジャズは、感情がクールに抑制され、知的なムードを漂わす“新しい表現方法”だった。
彼は意図的に黒人とは違うジャズを生み出そうとしたわけではなく、自分自身を偽らずに表現することで、当時ルイ・アームストロング流の演奏スタイルが主流だったジャズシーンに、文字通り“新風”を吹き込んだのだ。
今日は、1931年8月6日に28歳の若さで世を去った彼の足跡をあらためてご紹介します。


──1903年3月10日、アメリカ中部の農業地帯であるアイオワ州ダデンポートに生まれた彼は、3歳で音楽の才能を発揮しはじめ、8歳の時には先生よりも上手にピアノを弾きこなす“天才肌”だったという。
しかし、音符を一つ間違えただけでも落ち込む性格だったため、楽譜どおりに弾く音楽には次第に息苦しさを感じるようになる。
第一次世界大戦後のある日、戦争から帰ってきた兄が蓄音機とレコードを持って帰ってきた。
その中に、The Original Dixieland Jazz Bandの「Tiger Rag」があった。


彼はジャズメン達の演奏を夢中になって真似するようになり、さらには港に停泊している船のジャズバンドを観にいくようになる。
彼は、まだ学生だったにも関わらずコルネット演奏で頭角をあらわし、すぐに大人のミュージシャン達と演奏するようになる。
そんな中、彼はしだいにバンド仲間達と密造酒を飲むようになる。
それを知ってショックを受けた両親は、彼を厳格なレイクフォレストの寄宿学校に転入させる。
しかし、レイクフォレストはシカゴに近かったので、彼はますますジャズに熱中してゆく。
この頃、ちょうどシカゴで活躍していたルイ・アームストグの演奏を聴いて強い衝撃を受けたという。
20歳になった彼は、コルネット演奏者として本格的にジャズ界へと身を投じる。
そして23歳でジーン・ゴールドケット楽団のツアーに参加するようになり、フランキー・トランバウアーと運命的な出会いを果たす。
翌1927年、二人にとって最大のヒット曲となる「Singin’ the Blues」を録音する。


それは1928年の夏の出来事だった。
25歳になった彼は当時“白人ビッグ・バンドの最高峰”として名を馳せていたポール・ホワイトマン楽団の一員としてシカゴの劇場で演奏していた。
そこで彼の演奏をルイ・アームストロングがはじめて耳にする。
感動したルイは、彼を誘って閉店後のクラブで一緒に演奏をしたという。
しかし、二人は人種差別の影響から客前でそろってステージに立ったりレコードを録音したりすることはできなかった。


──程なくして、彼は世界恐慌の引き金となったウォール街の大暴落によって、銀行に預金していた大金をすべて失ってしまい…そのショックからアルコールに溺れてゆく。
出演をすっぽかしたり、演奏を間違えたり、ステージでも飲酒したりするようになる。
とうとう彼はアルコール依存症の治療センターに入院する。
しかし、アルコールを断つことはできず…楽団には二度と戻れなかった。
すべてを失った彼は、一人でニューヨークのアパートで暮らしていた。
そして1931年8月6日、肺炎に伴うアルコール禁断症候群の発作を起こし自宅のベッドでこの世を去った。


彼が活躍した時代は、いわゆるディキシーランドジャズの全盛期。
ルイ・アームストロングに較べると知名度は低かったが、死後50年以上も経って公開されたフランシス・フォード・コッポラの映画『コットンクラブ』(1984年)で、リチャード・ギアが演じた主人公が彼をモチーフに描かれたことをきっかけに、その名が広く知られることとなった。

──最後にもう一つ、村上春樹が綴った印象的な言葉をご紹介します。

ビックスの音楽を耳にした人がおそらく最初に感じるのは、「この音楽は誰にも媚びていない」ということだろう。
コルネットの響きは奇妙なくらい自立的で、省察的でさえある。
ビックスがじっと見つめているのは、楽譜でも聴衆でもなく、生の深淵の中にひそむ密やかな音楽の芯のようなものだ。

<引用元『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮文庫)/村上春樹・和田誠著>

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