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TAP the DAY

ビートルズのジョン・レノンが「ロイヤル・バラエティ・パフォーマンス」で観客を笑わせた痛快な発言

2016.11.04

1963年1月に発売されたセカンド・シングルの「プリーズ・プリーズ・ミー」が大ヒットし、勢いに乗ったビートルズは少年少女たちの熱狂的な支持を集めるようになった。

ビートルズはラジオやテレビにも出演したが、特に普及してきたテレビを通じて一般の人たちにまで、急速に知られるようになっていく。

最も人気のあるTV番組「Sunday Night at London Palladium」に出演した10月13日、視聴率は50%にも達したという。
1500万人のイギリス人がこの番組を見ていたということになる。

それ以降、イギリスの少年少女や若者たちは、ますますビートルズに熱狂していった。

次に大きなニュースになったのは11月4日、王室臨席のもとで開催された「ロイヤル・バラエティ・パフォーマンス」への出演である。
それは年に1回行われるオール・スター・チャリティのような内容のショ-で、ロック・スターの出演は初めてのことだった。

会場となったウェストエンドのプリンス・オブ・ウェールズ劇場の客席には、エリザベス皇太后(女王の母)、マーガレット王女、スノードン卿などが列席していた。
その外ではたくさんのファンが会場周辺に集まって、交通渋滞が起きるほどだった。

ビートルズは招待された19組のゲストのうち、7番目に登場してパフォーマンスを行った。
だがいつものギグと違って、客席の反応はおとなしいものだった。
社交界の紳士淑女が取り澄ましてショーを鑑賞していたのだから、お互いにどこかしら場違いな雰囲気があったのは当然だろう。

そもそも権威の象徴とも云える支配者階級を前にして演奏すること自体、実はビートルズのメンバーに葛藤をもたらしていた。




「From Me To You」「She Loves You」「Till There Was You」と、3曲を演奏したがステージと客席の間には距離感があった。
ジョン・レノンは4曲目の「Twist and Shout」を紹介するとき、客席に向かってこんな言葉を投げかけた。

最後の曲になりました。
皆さんにも少し協力していただきたいと思います。
安い席の皆さんは拍手をしてください。
あとの方々は宝石をジャラジャラ鳴らしてください。


ジョンはそう言ってから、笑顔でエリザベス皇太后に一礼した。
この大胆でユーモアのある発言によって、客席は笑いに包まれた。

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ショーの後にビートルズと対面した皇太后は、次にどこで演奏するのかと尋ねた。
翌日にはロンドン近郊のスラウから、秋のツアーが始まることになっていた。
それを聞いた皇太后は、「あら、それはうちの近くね」と返した。
偶然にも皇太后が住むウィンザー城は、イートン大学を間に挟んで、スラウとは目と鼻の先だったのだ。

翌日の新聞で見出しに大きく取り上げられたのは、ジョンの発言である。
もちろんユーモアを解するお国柄だから、庶民の声を代弁するかのような発言が評判になった。

「ロイヤル・バラエティ・パフォーマンス」でトリを受け持ったのは、ドイツ出身のハリウッド・スター、マレーネ・デートリッヒだった。
彼女がビートルズについて、「素晴らしいと思うわ。そう思わない人がいて?」と語ったことなども報じられた。(注)

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イギリスではこの頃からビートルズの人気と音楽の評価をめぐって、さまざまな論議が始まっていた。

マスコミにもビートルズの楽曲や演奏、あるいはユーモアの感じられる発言、はつらつとした行動を讃えるコメンテーターが出てきた。
単なるポップ・アイドルではなく、それ以上のものを持つ特別な存在として見られ始めたのだ。

その結果レノン&マッカートニーによるソングライティングへも関心が高まっていく。
年末になって上流階級や知的階層向けの高級紙『タイムズ』紙に、ウィリアム・マンが書いたこんな記事が掲載された。

1963年に最も活躍した作曲家はジョン・レノンとポール・マッカートニーであろう。楽曲はどれも創造性にあふれ、革新的であり、マージーサイドで発展しつつあるスタイルを代表するものだ。
(略)
まったく音楽とみなされなくなりつつあるという危険をはらんでいたジャンルに、新しく魅力的な風を送り込んだ。


その2日後、日曜版の『サンディ・タイムズ』にも「ビートルズはベートーヴェン以来、最大の音楽家」だという、リチャード・バックルズの記事が載った。

初めはなにか不可思議な現象として注目を集めたビートルズは、いよいよ真っ当な音楽家だと認められ始めたのである。


(注)ちなみにディートリッヒの音楽監督として、その日に同行したのは作曲家のバート・バカラックだった。
ビートルズはファースト・アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』で、バカラックの書いた「ベイビー・イッツ・ユー」をカヴァーしている関係にあった。

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