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デクスター・ゴードンを偲んで〜伝説のジャズメンが辿った映画のような人生の浮き沈み

2017.04.25

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作家の村上春樹は著書『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮文庫)の中で、デクスター・ゴードンについてこんな風に綴っている。

「デクスター・ゴードンは、僕にいつも樹木のイメージを抱かせる。それも野原の真ん中にそびえる大きな樫(かし)の古木だ。背が高く、帽子がよく似合う、ハンサムで寡黙でクールなテナーマン。彼の音楽を好んで聴きはじめたのは大学に入ってからだった。学園紛争の真っただ中、まわりの人々がジャズ喫茶でジョン・コルトレーンやアルバート・アイラーやらの音楽に熱心に耳を澄ませていた頃…僕は遥か昔のバップ・ジャズに夢中になっていた。」


“デックス”という愛称で親しまれた伝説のジャズメン、デクスター・ゴードン。
彼はモダンジャズの代表的なテナーサックス奏者として数多くの名演奏を残したことにとどまらず、俳優としてもジャズファンを楽しませた男だった。
1923年2月27日、カリフォルニア州ロサンゼルスでジャズファンでもあった医師の父親の息子として生まれた彼。
13歳の時にクラリネットを始め、15歳でサックスに転向。
1940年、まだ十代だった彼は友人のマーシャル・ロイヤル(アルトサックスの名手)の誘いでライオネル・ハンプトンのビッグバンドに加入する。
以降、プロのジャズメンとして活動を始め、二十歳を迎えた1943年にはリーダーセッションを行うまでとなっていた。
その後、フレッチャー・ヘンダーソンやルイ・アームストロング、ビリー・エクスタイン等の当時の一流のビッグバンドに在籍し、レスター・ヤングの流れを汲む斬新なスタイルのテナー奏者として大きな期待と注目を集める存在となる。
当時、圧倒的な勢いがあったビバップムーブメントの洗礼を受けつつも、彼は“自分流”の演奏スタイル確立してゆく。
いくつかのレコード作品を残しながらも…麻薬禍にむしばまれはじめた彼は、多くのジャズメン達と同じ運命を辿る。
30歳を目前にした1952年から療養兼投獄状態の生活に入る。
1955年には療養生活から一時的に復活し、レコーディングでは衰えを見せない演奏を見せつけるが…ほどなくして再び塀の向こうでの生活に戻ってしまう。
そして1960年10月、体調の復調をきっかけに(後にビル・エヴァンス・トリオの名盤『Waltz for Debby』を手掛けることとなる敏腕プロデューサー)オリン・キープニューズ制作の下、リーダーアルバムを発表して本格的に音楽活動を再開させる。
奇跡的な再復帰を果たした彼は、ブルーノートレーベルを軸足として精力的な活動をスタートさせる。
1962年後半、イギリスのロニー・スコットクラブでの公演を皮切りに、パリ、コペンハーゲンと続くツアーが運命的なきっかけとなり、ヨーロッパでの定住生活を始める。その後、彼はプレイヤーとしての円熟期の大半をヨーロッパで過ごすこととなる。
地元ファンからの手厚い待遇にめぐまれたコペンハーゲンでの活動を拠点とし、欧米を行き来する生活を1976年(53歳)まで14年間に渡って続ける。
帰国した後も、その衰えぬ円熟した演奏でレコーディングやコンサートをコンスタントに行い、後に“アメリカを代表する偉大な芸術家”として社会的にも恵まれた評価を獲得する存在となる。
1986年には俳優として映画『ラウンドミッドナイト』に出演。
アカデミー主演男優賞にノミネートされるほどの好演となった。
パリを舞台にデックスが演じた主人公のデイル・ターナーと、彼の音楽を愛しサポートする青年フランシスの友情が描かれたジャズファンには“外せない”映画作品である。
酒に溺れ、まともに立って演奏することもできなくなったジャズメンの人生を描いたこの物語は、実在のジャズピアニスト、バド・パウエルがヨーロッパ〜パリで活動していた頃の実話を元にしたものだという。


■TAP thePOP『ラウンド・ミッドナイト〜酒と煙草と真夜中のモダン・ジャズ』
http://www.tapthepop.net/scene/23136

アカデミー賞でポール・ニューマンと賞を競うほどの人気を博したデックスは、その後俳優としても注目を集め、最晩年にはロバート・デ・ニーロ主演の映画『レナードの朝』(1990年公開)で、存在感のある脇役として出演しているが…この頃、すでに病魔に冒されており、かなり痩せ細った姿をスクリーンに遺すこととなった。
そして…その撮影を終えて間もない1990年4月25日、67歳という若さで持病の腎臓疾患を悪化させフィラデルフィアで死去した。 

──最後に、村上春樹が著書『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮文庫)に綴っている印象的な言葉をご紹介します。

「デクスターが主演した映画『ラウンド・ミッドナイト』を最後まで見とおすのは、かなり辛い。それは僕にとっては、映画としての質云々以前に、ひとつの喪失の記憶であるからだ。時の流砂の中に呑み込まれてしまった物の“匂いを欠いたなぞり”に過ぎないからだ。それは誰のせいでもない。誰が悪いわけでもない。」



<引用元『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮文庫)/村上春樹・和田誠著>

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