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マディ・ウォーターズを偲んで〜伝説のブルースマンと呼ばれた男の偉大な功績と足跡〜

2017.04.30

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ロックンロールの創始者と言われたあのチャック・ベリーは、生前にこんな貴重なエピソードを語っている。
それはまだ彼が世に出る前(デビュー前)の出来事だったという。

「ある日俺は新車の遠乗りがしたくなって、シカゴに親戚がいるという友達のラルフと2人でシカゴへとドライブしたんだ。ラルフの親戚の家でご馳走になった後、俺達はシカゴのサウスサイドのブルースの生演奏が聴けるクラブをハシゴしてまわった。そこでハウリング・ウルフ、エルモア・ジェームスのステージを観たんだ。とても感動したし!興奮して聴き入ったよ!そして、今度は憧れのマディ・ウォーターズが出演するクラブへ行ったんだ!マディは最後のセットのラストナンバー“Got My Mojo Working”を演奏中だった。演奏が終わると群がるファンをかきわけ、マディのサインを貰うために突進してくれたラルフのおかげで、俺はマディと口をきくチャンスができた。大統領か法王にでもお目どおりするような気分だった俺は、曲の素晴らしさを褒めた後、単刀直入に“レコードをつくるにはどうすればいいのか?”と訊いてみた。大勢のファンが声をかけようとひしめく中で、マディは俺の質問に答えてくれたんだ。“レナード・チェスに会ってみろ!そう47丁目とカテッジの角にあるチェスレコードさ!”俺に音楽を愛することを教えてくれた人。俺の音楽に最も大きな影響を与えた人。それがブルース界のゴッドファーザー、マディだ!」


マディ・ウォーターズから“人生を変えるアドバイス”をもらったチャック・ベリーは、その直後にブルースの名門チェスレコードとの契約を結びレコードデビューを果たす。
ローリング・ストーンズのキース・リチャーズもまた、あるインタビューでこんな貴重なエピソードを語っている。

「1964年、チェススタジオでレコーディングした時の話さ。白いオーバーオールを着てハシゴに乗っかってるおっさんを紹介されたんだ。誰だ?ってその顔を見たら、マディ・ウォーターズだったのさ!なんと!あのマディ・ウォーターズが俺達のスタジオのペンキ塗りをしてたんだぜ!どうやらチェスじゃレコードの売れない奴はどんな仕事でもしなきゃいけないようだった。俺達が何曲もカヴァーして神様だと思っている男が天井にペンキを塗ってるんだぜ!」



マディ・ウォーターズ。
1915年4月4日、ミシシッピ州ローリング・フォーク生まれ。
1983年4月30日、イリノイ州シカゴにて死去。享年70。
人々は彼を“伝説のブルースマン”“シカゴブルースの父”と呼ぶ。
そんな呼び名にふさわしい堂々たる風格、威厳のあるギタープレイと歌声は、他界して30年以上が経つ今も多くのミュージシャンや音楽ファンを魅了し続けている。
彼は名匠サン・ハウスから学んだミシシッピを源流とするブルースを、戦後のシカゴのクラブ街でエレキギターによって“昇華”させた第一人者だった。
1946年に行われたシカゴでの最初のレコーディングセッションは浅薄なものだったが、1948年から50年代初期にかけて録音された作品には、後に“ブルースの古典”となるようなテイクが惜しみなく収録されている。
ブルース史にその名を刻むレジェンド達(ジェイムス・コットン、リトル・ウォルター、ピー・ウィー・マディソン、オーティス・スパン、ジミー・ロジャース、ジュニア・ウェルズ、バディ・ガイなどなど…)も、皆マディのバンドを通過しているというから驚きだ。
当時のブルースマンやジャズメンのほとんどがそうであったように…彼もまた浮き沈みの激しい音楽人生をタフに歩み続けた。
彼の本名はマッキンリー・モーガンフィールド。
子供の頃、近くの小川で泥んこになって遊んでいたため“マディ・ウォーターズ(泥水)”というあだ名が付けられたという。
それを芸名にしてしまうところに、彼の気の強さと自由な奔放さが象徴されている。
彼はサン・ハウス、ロバート・ジョンソン、チャーリー・パットンなどをアイドルとしたが、デルタブルースに限らず近所の友人が持っていた蓄音機から流れてくる様々なブルースに耳を傾け、熱心に音楽をに取り組んだという。
彼が故郷のミシシッピ州を離れてシカゴに移住したのは28歳の時。
当時はトラック運転手などをして働きながら、自分の音楽を粘り強く追求し、黒人スラムのあちこちにある小さな酒場で演奏をしていた。
幾多の困難や不運を乗り越えて…ようやくチャンスを掴み、1948年にレコードデビューを果たす。
彼が放ったサウンドの特徴は、デルタブルースのフィーリングを残しながらも、ドラムス以外の全ての楽器にアンプを使って大音量で演奏したことだ。
今でこそブルースやロックの世界では当たり前の編成・演奏法だが、当時においては発明とも言える“画期的なサウンド”だったのだ。

──最後に、彼が生前に語った印象的な言葉をご紹介します。

「俺がブルースを歌うとき、本物のブルースを歌っているとき、俺は心に感じたままを歌ってるだけなんだ。ひょっとしたら笑うやつがいるかもしれない。俺は口下手だから、わかってもらえないかもしれない。それは心の底から湧き出すんだ。ソウルそのもので感じることを歌っていれば、それがひとりでに溢れてくるんだ。言葉だけじゃないんだよ。自分の中からとめどなく噴きだしてくるんだ。顔をしたたり落ちる汗と同じなのさ。」


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