TAP the DAY

ロニー・レーンを偲んで〜琴線に触れる“ロッキンフォーク”を紡いだ男の功績と足跡〜

2017.06.04

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1997年6月4日、アメリカ合衆国コロラド州ラスアニマス郡にあるトリニダードという小さな街で一人の才能豊かなミュージシャンがこの世を去った。
彼の名はロニー・レーン。
イギリス出身の彼は、スモール・フェイセズ、そしてフェイセスのメンバーとして活躍したことで知られた男だ。
バンド時代はベーシストとしてのイメージが強いのだが、作曲家、クリエイターとしてのセンスは秀逸だった。
彼自身決してメジャーな存在ではなかったが、ロン・ウッドやクラプトンを始めとする一流ミュージシャンとの交友が深かったことでも知られている。
また、ポール・ウェラー、クラッシュのミック・ジョーンズ、セックス・ピストルズのグレン・マトロック、バズコックスのスティーヴ・ディグル、オーシャン・カラー・シーン、ミッジ・ユーロなど彼から影響を受けたミュージシャンも多い。

1973年、彼は27歳の時に人気絶頂だったフェイセズを脱退する。
後に結成したスリム・チャンス(ロニー・レーン&スリム・チャンス)では、曲芸師やダンサーなどを引き連れて、トレーラーに乗ってまるでサーカスの一団のように英国中を旅していた。
彼は移動式のレコーディングユニットを実用化して、ローリング・ストーンズなどに貸し出していたという。
後にストーンズも同様のスタジオを所有するようになるのだが、そのアイデアは彼の発想から生まれたものだった。
また、スリム・チャンスでの活動の他にも1976年から1977年にかけてロン・ウッドやザ・フーのピート・タウンゼントらとそれぞれ共作アルバムを発表したりもしている。


彼が創り出す音楽の特徴を、当時ある音楽媒体の関係者が“ロッキンフォーク”と言い表したという。
ジャンルとしてはロックの部類なのだが、彼の作品にはマンドリンやらアコーディオンやらフィドルなどの楽器が頻繁に登場し、どこか懐かしい耳触りで、琴線に触れるのだ。
バンド時代のボーカリストだったスティーヴ・マリオットやロッド・スチュワートのような圧倒的な存在感はないのだけれど、素朴で親しみ溢れる“味のある”歌声が特徴だった。



派手さはなかったものの、着実にキャリアを重ねていた矢先…31歳を迎えた1977年に、彼は多発性硬化症という病気を発症する。
徐々に運動麻痺を併発するようになり…音楽活動を続けるには困難な状況となる。
1980年代にはアメリカに移り住み治療を続け、一時は活動を再開して44歳の頃(1990年)には日本公演@川崎クラブチッタも実現させている。
来日公演から7年後の1997年6月4日、アメリカ合衆国コロラド州ラスアニマス郡にあるトリニダードという小さな街で彼は51歳で永眠した…。




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