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手紙〜親愛なる子供たちへ〜“老い”をテーマにした感動の名曲はこうして生まれた

2017.09.18

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年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを 理解して欲しい
私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい

あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい
あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末は
いつも同じでも 私の心を平和にしてくれた

悲しい事ではないんだ 消え去っていくように見える私の心へと
励ましのまなざしを向けて欲しい


この「手紙〜親愛なる子供たちへ〜」は、熊本県出身のシンガーソングライター樋口了一の15thシングルとして2008年に発表された楽曲である。
その歌詞の内容が大きな反響を呼び、翌年の日本レコード大賞優秀作品賞と日本有線大賞有線音楽優秀賞を受賞している。
クレジットには原作詞:不詳、訳詞:角智織(すみともお)、補足詞・作曲:樋口了一と記されているが…この名曲には少し変わった誕生エピソードがあるという。
今尚、多くの人たちを感動させ、広い世代から共感を得ているこの歌にはどんな物語があるというのだろう?

──それは樋口の友人でもある角の元に偶然届いた一通のチェーンメールから始まった。
そのメールには、作者不詳の詩がポルトガル語で綴られていたという。
角は当時のことを鮮明に憶えていた。

「一通の差出人不明のメールが私の元に届いたんです。その時なぜかメールを消してはいけない気がしたんです。一読しただけで心が揺さぶられました。」

角が日本語に訳した詩に曲をつけ、補訳を施した樋口は当時のことをこう語る。

「最初に角さんにこの詩を見せてもらう数日前に、僕は4歳になる子供と喧嘩をして顔を引っ掻かれていたんですよ(苦笑)どこか苛立った感情が残っていたのに、この詩を読んだら嘘のように優しい気持ちになったんです。歌にしようと思ったきっかけには、すべての人にそういう“優しい気持ち”にたどり着いて欲しいという想いもありました。」

楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを

悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に 
祝福の祈りを捧げて欲しい


樋口はこの詩を歌にするときに“悲しいことではないんだ”という言葉を二カ所に加筆している。
その理由について樋口はこう語る。

「死生観はそれぞれですが…命は永遠に続くという輪廻転生のようなものを、誰もが心の底で願っていると思うんです。だがら、肉体的に死に別れることは寂しいことではあるけれど、決して“悲しい”ことでではないと伝えたかったのです。」


老いと向き合うこと。
親から我が子へ向けた“最後”のメッセージ。
その内容からこの歌は“介護の歌”とも呼ばれ、介護や看護の現場に身を置く人々の心の支えとなっているという。
元詩を日本語に訳した角は、樋口との対談でこんな言葉をのこしている。

「この詩は、現在色んな人がホームページ等で紹介して下さったりして、世界中に色んな言語で広がっています。それはこの詩に“人間共通”の原点に立ち返らせる何かがあるからだと思うのです。樋口さんが最初に感じられた“優しい気持ちになれる”というのが、すべての始まりなんです。どんな人を見たときも、誰と向かい合ったときでも優しい気持ちになれば人間関係は必ず上手くいくわけですから。樋口さんの作った歌を聴きながら…電車に乗ったり、街に出たりすると、目の前にいる人それぞれに人生があって、みんなが一生懸命生きてるんだって見えてくるんです。」

この曲を必要としている人は必ずいる。
ならば配達人となり、その人の心のポストに『手紙』を直接届けたい。
そんな想いから樋口は現在“ポストマンライブ”と名付けた無料のミニライブを企画し、全国を回っている。

「希望者は病院や施設など、約6割が介護関係者です。介護士の専門学校で教材に使われているとも聞きました。歌詞の一部をみると確かに介護の歌とも連想できますが、僕はより深く“いのちの歌”だと考えているんです。歳を重ね、自分を表現することや今までできていたことができなくなっても、何かが失われたわけではない。身体が衰えただけで、その人自身は何ひとつ変わらないんです。『手紙』という歌に出会い、そう確信することができました。」

老いの先には命の終わりがある。
樋口自身を、誰もが直面する“この現実”と向き合わせてくれたのは、故郷の熊本に暮らしていた父親(当時80代)だった。

「自分はそう長くないが、肉体を離れても魂は永遠に続いていく。自然の摂理なんだから、俺が死んでもことさらに悲しむなよ──焼酎を飲みながら親父が語りかけてきたんです。会えなくなる寂しさあるけれども、身内の幸せな旅立ちを思い描ければ少しは安らぐかもしれない。そう信じられるようになって“悲しい事ではないんだ”という、原詩にはなかったメッセージを歌詞に加えたんです。」

樋口は、これまでにたった一度だけ年老いた父の前でこの曲を歌ったことがあるという。

「生前、父が週3回デイサービスを受けていた施設で歌いました。いつもは依頼を受けて赴くところを、この時ばかりは自分からお願いをしました。『手紙』の他に、故郷の立田山をみて親父が作った詩から生まれた曲も歌ったんですが“あの曲は俺が作ったんだ”と嬉しそうだったと後から聞きました。僕には何もいいませんでしたけどね…。」

樋口は2009年よりパーキンソン病を患い、闘病しながらの音楽活動を決意する。
最愛の父、そして母の“旅立ち”を見送り…現在は活動の拠点を主に故郷・熊本市に移し“ポストマンライブ”を続けているという。


いずれ歯も弱り 飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて立ち上がることすら出来なくなったなら
あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい

私の姿を   見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを  知るのはつらいことだけど
私を 理解して支えて   くれる心だけを持っていて欲しい
きっとそれだけでそれだけで   私には勇気がわいてくるのです
あなたの人生の始まりに  私がしっかりと付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ  付き添って欲しい


あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔でこたえたい
私の子供たちへ
愛する子供たちへ


<参考文献『手紙〜親愛なる子供たちへ〜』樋口了一/角川書店>

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