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TAP the DAY

美空ひばりが15歳で初めてレコーディングしたジャズ・ナンバーの「上海」

2014.04.03

わずか15歳で日本の歌謡界の頂点に立つスーパースターとなった美空ひばりが、初めてジャズの「上海」をレコーディングしたのは、1952年の4月3日だった。

「上海」はドリス・デイが前年にヒットさせたスイング系のジャズ・ソングだったが、美空ひばりは英語と日本語の両方で見事に歌いこなしている。

Shanghai  美空ひばり 上海 SP盤 電蓄


美空ひばりは1950年の5月から6月にかけて約2ヶ月間、師匠にあたる歌手でボードビリアンの川田晴久と一緒に、ハワイとアメリカ西海岸での公演を敢行した。
デビュー2年目、まだ13歳になったばかりのことだ。

ハワイにおける太平洋戦争で殊勲をたてた二世部隊、第百大隊の記念塔を建設するための基金を募集する興行は、大成功を収めた。

それからアメリカ本土に渡り、サクラメントを皮切りにコンサートで各地を回った。

ステージでは自分の持ち歌だった「悲しき口笛」と「河童(かっぱ)ブギウギ」のほか、笠置シヅ子の「ヘイヘイブギー」を歌った。ダイナ・ショアやボブ・ホープで有名な「ボタンとリボン」は英語でカヴァーし、ゆく先々で日系人だけでなくアメリカ人にも大喝采を受けた。

ただしプロモーターが不慣れだった上に強行日程でトラブルが多発、文化や価値観が全く異なる国での気苦労が絶えなかったようだ。

それでもロスアンゼルスではボブ・ホープやスペンサー・トレイシー、マーガレット・オブライエンといったハリウッド・スターと会ったり、ジャズのライオネル・ハンプトン楽団を観るなど、貴重な体験を重ねて凱旋帰国した。

本場のエンターテインメントに直に触れて息吹を吸収してきた成果は、帰国後の歌にはっきりと表れている。



 

歌も楽しや 東京キッド
 いきでおしゃれで ほがらかで
 右のポッケにゃ 夢がある
 左のポッケにゃ チューイン・ガム
 空を見たけりゃ ビルの屋根
 もぐりたくなりゃ マン・ホール


「東京キッド」を筆頭に、「リンゴ追分」や「お祭りマンボ」など、どんなタイプの楽曲でもリズムに乗って自由自在に、伸び伸びと歌えるようになったのだ。

それはジャズの本場であるアメリカのミュージシャンたちをバックに歌って、ほんもののグルーヴ感を身につけたことが大きかった。
幼い頃から学校では決して教えてくれない勉強をしてきたからこそ、美空ひばりは天才歌手の名に恥じない名唱を残せたのである。


美空ひばり『上海』 [Single, Maxi]
日本コロムビア

美空ひばり『ジャズ&スタンダード』
コロムビアミュージックエンタテインメント

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