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ジョン・レノンがシャウトする「ミスター・ムーンライト」がテレビから流れてきた瞬間の衝撃

2018.07.01

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ビートルズの武道館公演の独占中継権を得たのは、主催した読売新聞の系列だった日本テレビである。
コンサートの模様は7月1日の夜9時から1時間にわたって、特別番組「ザ・ビートルズ日本公演」として放送されたが、59.8%という高い視聴率を記録した。

しかしその夜の放送で視聴者に対して、最初の大きな衝撃を与えたのはコンサートではなく、オープニング映像のなかで流れたジョン・レノンのシャウトする歌声だった。

「♪ミスターーーーームーンライト」


ビートルズを乗せた日本航空412便が羽田空港に降り立ったのは、6月29日の夜明け前で3時40分過ぎのことだ。
本来ならば28日の夕方を予定していたのだが、台風4号が日本を直撃したために、11時間も遅れての到着となった。

それから2日後に放送された特別番組は、前半がドキュメンタリー・パートによって構成されていた。
空港ビルの送迎デッキからはるかに離れた特別エリアに到着した飛行機のドアが開き、ハッピを羽織った姿で4人のメンバーが登場したところに、大量の報道陣が写真撮影を行うシーンから始まる。
やがて4人はタラップの下で待機していた2台のキャデラックに分乗し、嵐が過ぎた夏の夜に広がる闇の中へと走り去っていく。

夜明け前の首都高速をパトカーに先導されて、宿泊先の東京ヒルトンホテルに向うキャデラックが映し出される。
警察によって厳戒態勢をしかれた東京は完全に交通規制がなされていて、対向車線もふくめて首都高速道路には1台の車も走っていないのがわかる。
「ウォーーン!」というパトカーのサイレンが鳴り響くなかで、ビートルズを乗せたキャデラックが夜明け前の暗い首都高を走りぬける。

その映像にはずっとサイレンの物々しい音が被せられていた。
ゆるやかなS字カーブを曲がってくるところへ、カメラがズームしてキャデラックの中にいるメンバーの人影を捉える。
その瞬間、急にサイレンの響きが消えて無音になると、不意をつくように「ミスター・ムーンライト」が流れてきた。

そのシーンは当時の少年少女たちに、大きな衝撃を持って受けとめられた。
番組を演出したディレクターの佐藤孝吉は同僚の鈴木愛士カメラマンが、首都高で撮影した映像についてこう述べている。

先行する車から半身を乗り出して撮ったのだろう、流れるようなカメラワークが美しい。胸にしみこむ清流のような静けさがある。それでいて、爆発寸前のダイナマイトのような予感がある。


ふたりとも空襲を体験した世代だったので、復興して変わりつつある日本を映像詩にしたい思いがあった。
だから佐藤は編集する段階で映像を活かすために、ビートルズが乗ったキャデラックを先導するパトカーのサイレン音にこだわった。
そして効果音のレコードを全部聴いてみたが、気に入るものがなかったそうだ。

どれもごく普通のウーウーウーってサイレンだったんですよ。僕は、何かこう、「日本の夜明け」っていうサイレンがほしかったんですよね。で、最終的に効果さんが、それこそ今のDJみたいに、ディスクを手で押さえてウーーー、ウォン!って離した音を出してくれたときに「これだ!」っと思ったんです。


最初から最後までサイレンの交響曲にしたかったという佐藤は、さまざまな音を組み合わさえて押し通すつもりだった。
だが、途中で「やっぱりビートルズの音楽も聞かせなきゃいけねえかなあ」と思い始めて、「ミスター・ムーンライト」を選んだという。
それはビートルズになんの興味もなく、なにも知らなかった佐藤がビートルズのレコードを試聴しているなかで、思わず感じた本能のようなものだった。

普通「I Want To Hold Your Hand」とか「ミッシェル」とか乗せるじゃない。でも全部「違う」「違う」と思って。ずーっとやってたら「ああ、これだな」って。ぼくがそれまでドラマで鍛えてきた直感です。


このプロの直感は、信じられないほど鋭かった。
佐藤が選んだ「ミスター・ムーンライト」の歌い出しは、こういう内容だったのである。

 ミスター ムーンライト
 ある夏の夜、あなたがあらわれた
 そしてその月明かりで
 僕の夢を作ってくれた


それから45年の歳月を経て、衝撃を持って「ミスター・ムーンライト」を受けとめた少年少女たちの一人が、その体験を歌に昇華して発表した。
桑田佳祐である。


 「月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)」

 夜明けの首都高走りゆく
 車列は異様なムードで
 “月光(つきあかり)の聖者達(おとこたち)”の歌が
 ドラマを盛り上げる
 知らずに済めば良かった
 聴かずにおけば良かった
 「人生(ショー)はまだ始まったばかりだ!!」って
 胸が張り裂けた


当時の日本ではエレキバンドが不良の代名詞であり、いくら世界的な人気を誇るビートルズといっても、音楽の実力が伴わない一過性のアイドル現象にすぎないという見方が多かった。
ところが実際にやってきたのは「ミスター・ムーンライト」のシャウト一発で、多くの少年少女たちの心をわしづかみにしてしまう、正真正銘の音楽家でアーティストたちだった。

小学生だった桑田佳祐の人生は実際に、ビートルズによって大きく変わっていった。
そうしたことを感性で伝えてくれたのが、特別番組「ザ・ビートルズ日本公演」であった。
桑田佳祐がそうであったように、このドキュメンタリー・パートの影響によって日本の文化もまた、1966年を境にして大きく変わっていくことになった。

ちなみに「月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)」 が収録されたアルバム『MUSIC MAN』は、1曲目が「現代人諸君!!」から始まっている。
そこに「イマジンオールザピープル」とルビをふった桑田佳祐は、アルバムのエンディングを飾る「月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)」 の歌詞を、オマージュを込めて、最後は「抱きしめたい」で締めくくっていた。

 現在(いま)がどんなにやるせなくても
 明日(あす)は今日より素晴らしい
 月はいざよう秋の空
 “月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)”
 Come again, please.
 もう一度 抱きしめたい





(注)佐藤孝吉氏の発言は、宮永正隆 著「ビートルズ来日学 1966年、4人と出会った日本人の証言」(DU BOOKS)からの引用です。


宮永正隆 『ビートルズ来日学 1966年、4人と出会った日本人の証言』(単行本)
DU BOOKS


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