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アレックス・ハーヴェイを偲んで〜70年代のイギリスで怪しくも骨太なサウンドを響かせたロックバンドを率いた男の軌跡

2019.02.04

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1982年2月4日、アレックス・ハーヴェイ(享年46)が死去したニュースが流れる。
死因は心臓発作と発表された。
1970年代に、ザ・センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンド(The Sensational Alex Harvey Band)のフロントマンとして人気を博し、音楽ファンの間では“知る人ぞ知る”実力派ロッカーだった彼。
その音学歴はビートルズやストーンズのデビューした60年代初期にさかのぼる。
1950年代のイギリスにおけるスキッフルブームに触発されて音楽キャリアをスタートさせたという。
1959年に結成したAlex Harvey & His Soul Bandで活動するも、長い間売れない時代を経験。
1969年にロンドンで注目を集めたミュージカル『Hair(ヘアー)』に出演して、ようやく陽の目を見ることとなる。
1970年代初頭、同郷グラスゴー出身のバンドTear Gus(ティア・ガス)と知り合い、意気投合した後にThe Sensational Alex Harvey Bandを結成。
演劇的要素を取り込んだステージングで注目を集め、ようやく“ポストグラム”として頭角をあらわした頃には、すでに37歳だったという。

アレックス・ハーヴェイ- ヴォーカル・ギター
ザル・グレミンソン- リードギター
クリス・グレン- ベース
テッド・マッケンナ- ドラムス
ヒュー・マッケンナ- キーボード


同じスコットランドの血を持つ布陣で1972年、ヴァーティゴレコードよりデビューアルバム『Framed』をリリース。
基本となる音楽性はハードロックであったが、アレックスの多彩な音楽遍歴を反映するかのように、ブルース、ブギ、ミュージカル的な曲など様々な要素を内包するバンドとして注目を集める。
彼らは高い演奏技術を基本にしながら、滑稽なパフォーマンスやシアトリカルな演出をふんだんに織り込み、一躍人気バンドへと上り詰めてゆく。


バンドが上り調子だった1975年頃、彼らにまつわるこんなエピソードが残っている。
後にセックス・ピストルズのベーシストとなるグレン・マトロックが、マルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウエストウッドの経営していたブティック『SEX』で店員をしていた時の話である。

「その頃、センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンドはよく店に買い物をしに来ていたよ。当時、他の店には売ってなかったゴールドのソックスなんかを買ってくれてたよ。ある日、彼らが来ている時にマルコムが店にいたんだ。」

「あの連中は何をしてる!今すぐ追い出せ!」奴らは怪しい!内国歳入庁の人間だ!」

「マルコム、いったいどうしちまったんだ?彼らはそうじゃないってば!」

「どうしてわかる?」

「彼らはセンセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンドさ。毎週マーキーで演奏しているよ!行って観て来たらいいいよ。」


2ヶ月後、マルコムとバーニーローズ(後のクラッシュマネージャー)とグレンマトロックの3人はハマー・スミス・オデオンへ行ってThe Sensational Alex Harvey Bandの演奏を実際に観ることとなる。
バンドの正体がわかると、マルコムは顧客が有名人だと知り上機嫌だったという。


1978年に、キーボード担当のヒュー・マッケンナヒューが脱退。
程なくしてトミー・アイアー(key)が加入するが、この頃からアレックスの体調不良が影響し…バンドは空中分解してしまう。
バンド解散後は、アレックス・ハーヴェイ・ザ・ニュー・バンド(Alex Harvey-The New Band)、エレクトリック・カウボーイズ(the Electric Cowboys)などを率いて3〜4年ほど活動を続けていた。
そして1982年2月4日、彼は46歳の若さでこの世を去っていった…


<引用元・参考文献『オレはセックス・ピストルズだった』グレン・マトロック(著)
岡山徹(翻訳)/音楽之友社>

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