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忌野清志郎が「ホリプロ三羽ガラス」だった頃に初めて経験した”全国ツアーみたいなもの”

2019.05.02

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「ぼくの好きな~」がヒットする前後、オレたちは初めて全国ツアーみたいなものを経験したよ。楽しかった。~忌野清志郎


1971年に「月光仮面」をヒットさせたモップスが、井上陽水とRCサクセションを前座に連れて全国をコンサートで回ったのは、その年の秋から翌年にかけてのことだった。
一緒にまわった忌野清志郎がその時の経験について、以下の発言を残しているのだが、自分たちのことを「ホリプロ三羽ガラス」と自称していたことには驚かされる。

テレビのオーディション番組『スター誕生!』出身の森昌子がデビューしたのは1972年の7月で、その翌年になって石川さゆり、山口百恵からなる「ホリプロ3人娘」が出揃うのは、”全国ツアーみたいなもの”が終わってから1年以上も後のことなのだ。

モップス…、そう、あの鈴木ヒロミツが在籍していたバンド。それと今、アレンジャーやってる星勝もいた。モップスは「月光仮面」がヒットしてさ、なんかコミックバンドみたいに思われてたけど、なかなかやかましい音を出すバンドだったよ。ヒロミツなんかやたら髪が長くてブスなおばさんってカンジ。オレはモップスのLPで曲も提供してた。
そのモップスがメインでさ、RCと陽水が前座。日本中いたるところまわったよ。ホリプロ三羽ガラスでさ。
(連野城太郎 著「GOTTA!忌野清志郎」角川文庫)




引っ込み思案で無口だったことから周囲に打ち解けなかったRCサクセションのメンバーは、コンサートの仕事が終わったらまっすぐホテルに帰って、部屋でいつもおとなしくしていたそうだ。
みんなで外へ繰り出して飲み食いをしたり、夜の街を徘徊するというようなことはほとんどなかった。

当時は給料が3万円しかなかったので、使えるお金がないという事情もあったのだろう。
ただし林小和生だけは麻雀ができたので、井上陽水などと卓を囲んだりしていたという。

忌野清志郎はこのツアーで井上陽水と親しくなったことから、1973年に発表されるアルバム『氷の世界』で、共同のソングライティングを頼まれることになる。
そこから「帰れない二人」という、詞も曲も二人で分担してつくった名曲が誕生してくるのだ。

やはりアルバムの曲を頼まれることになったモップスについて、忌野清志郎はたまたま目にしたリーダーの鈴木ヒロミツがとった行動のことを、このように述べていた。

あの頃のエピソードで一度ヒロミツがいいやつだなって感じたことがある。
寝台車でさ、RCと陽水はまだ売れてなかったから二等車に押し込まれてさ。狭いし凄(すご)く寝苦しかったのよ。モップスは落ち始めていたけど、まぁ、メインだし当然一等車。
ある晩、ヒロミツがスタッフにクレームつけてんの。「RCと陽水も一等寝台車にしてやれ」って。長旅だしさ、オレたちも固くて狭いベッドじゃなかなか寝付かれないし…。ま、オレはたいがいどこでも寝れたけどさ… 。そんなオレたちの体調とか疲労度を、ヒロミツは気にかけてくれたんじゃないかな。あの横柄な態度でスタッフに食い下がってさ。しまいにはホントにオレたちのこと二等車から一等車に昇格させてくれたよ。
(連野城太郎 著「GOTTA!忌野清志郎」角川文庫119ページ)


モップスは1972年になって独自の日本語によるロックを集大成にしたアルバムを企画し、『モップスと16人の仲間』の制作に入っている。
そこへ真っ先に作品を提供したのは、不遇だったアンドレ・カンドレの時代から彼らを慕っていた井上陽水であり、「ホリプロ三羽烏」で一緒に旅をした忌野清志郎だった。

アルバム『モップスと16人の仲間』には吉田拓郎、六文銭の小室等と及川恒平、サディスティック・ミカ・バンド結成する直前の加藤和彦、シンガー・ソングライターでドラマーのつのだひろ、遠藤賢司、泉谷しげる、かまやつひろし、杉田二郎など錚々たる面々によって描き下ろしの曲が提供された。

ところで井上陽水も当時のことを振り返ってみて、歌っていると自分でも泣けてくる曲について、著書のなかでこんなことを語っていた。

歌っていてキューンとくるっていうのもあったよ。「傘がない」「人生が二度あれば」、歌うと必ずキューンときていた。
(井上陽水著「綺麗ごと」集英社)


そして体調がいいと「帰れない二人」も、キューンとくるのだと付け加えていた。

井上陽水と忌野清志郎という二人の個性的なヴォーカリストからなる「ハバロフスク&マフィア」が、九州の福岡県にある海の中道で野外コンサートを行ったのは、ホリプロ三羽ガラスからおよそ20年後のことだ。
メンバーは井上陽水と忌野清志郎のほか、ギターが高中正義、ベースが細野晴臣、ドラムがチト河内、それにパーカッションの佐藤正治と原田裕臣、一夜限りのスペシャル・バンドである。

この時はキューンとくるという「傘がない」を、忌野清志郎がフルコーラスを気持ちを込めて歌っている。
自分が出る幕などないという風情の井上陽水は、アコースティック・ギターの伴奏に徹していた。



やはりキューンとくる「帰れない二人」はこの日、二人のヴァージョンでアンコールに披露された。

なおオリジナルの「傘がない」のレコードは、アレンジャ-がモップスのギタリストだった星勝で、演奏も鈴木ヒロミツ抜きのモップスのメンバーが中心だった。
その後、星勝はRCサクセションのアルバム『シングル・マン』でも、全曲のアレンジを行うことになった。
そのサウンドをライブで表現するために、忌野清志郎はロックバンドのスタイルへと舵を切っていくのである。

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