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ボビー・ヘブを偲んで〜色褪せることのない名曲を生んだ男の足跡と「Sunny」の誕生秘話

2019.08.03

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サニー 昨日、僕はずっと雨の中にいた
サニー そして君が微笑み痛みを和らげた
今、暗闇は去り 毎日は晴れ渡ってる
僕のサニー キラキラ輝いて
本当さ 心から君を愛してる

サニー お日様の花束をありがとう
サニー 僕に道を示してくれた君の愛に感謝してる
すべてを捧げてくれたね
僕はすっかり有頂天さ
サニー 心から君を愛してる


2010年8月3日、60’sポップスを代表する名曲「Sunny」のヒットで知られる歌手ボビー・ヘブ(享年72)がナッシュヴィルの病院で息を引き取った。
死因は肺ガンとされている。


1939年、彼はテネシー州ナッシュビルで生まれる。
両親は盲目ミュージシャンながら7人の子供達と共に音楽一家として活動をしていた。
彼は3歳の頃に兄達が出演していたタップダンスショーで初舞台を踏む。
12歳の時に『グランド・オール・オブリー』(カントリー・ミュージックの公開ライブ放送でアメリカのラジオ番組として最長寿の番組)に黒人として初出演する。
これはアフリカ系米国人として初の快挙だったという。
十代の頃にその才能を認められてボ・ディドリーの「Diddley Daddy」でバックコーラスを経験。
1962年、23歳になった彼は“ボビー&シルビア”というデュオを結成して音源を残している。



二十代にはジョージ・ハリスンが憧れたギタリストとしても知られるカントリーミュージック界の重鎮チェット・アトキンスに師事して音楽キャリアを重ねてゆく。
1966年、27歳となった彼は自作の楽曲「Sunny」でソロ歌手としてデビューを果たす。
同曲では、当時ソフトロック系のプロデューサーとして活躍していたジェリー・ロスが制作を担当した。
「Sunny」はビルボードのシングルチャートで2位を記録する大ヒットとなり、その後もフランク・シナトラやエラ・フィッツジェラルド、マーヴィン・ゲイ、ジェイムズ・ブラウン、スティーヴィー・ワンダー、ホセ・フェリシアーノら多数の大物アーティストがカヴァーすることとなる。


サニー 真実を見せてくれてありがとう
サニー この世界にある全てのことを
僕の人生は風に吹き飛ばされた砂のようにバラバラだった
君が僕の手を握り その岩でつなぎとめてくれたんだ
サニー 心から君を愛してる

サニー 笑ってくれてありがとう
サニー その優美なきらめきに感謝してる
君は僕を勇気づける炎
とろけそうに甘い望みのすべて
サニー 心から君を愛してる


彼の人生を大きく変えたこの「Sunny」は、一聴するとラブソングのようにも聴こえるのだが、実は恋愛とは違う体験から生まれた曲なのだ。
1963年11月22日、大統領ジョン・F・ケネディが暗殺され、世界中に衝撃のニュースが流れる。
その翌日、彼の兄がナッシュビルのナイトクラブで喧嘩に巻き込まれてナイフで刺殺されてしまう。
幼い頃からダンスに歌と、兄から多くの影響を受けた彼の衝撃は言葉に表せないほどのものだった。
大統領暗殺というショッキングな出来事、そして突然の兄の死を聞かされた彼は憔悴し…何かに救いを求めるようにこの「Sunny」を書き上げたというのだ。
彼はあるインタヴューで作曲当時の心境を語っている。

「あの時はジェラルド・ウィルソンのアルバム『You Better Believe It!』を繰り返し聴いていたよ。彼の曲に癒しを求めるうちに自然とメロディーが浮かんできたんだ。」



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