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スコット・マッケンジーを偲んで〜「武器ではなく、花を」フラワームーブメントを象徴する名曲を歌った男

2019.08.18

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2012年8月18日、アメリカのシンガーソングライター、スコット・マッケンジー(享年73)がロサンゼルスの自宅で死去した。
難病のギラン・バレー症候群を患い、入退院を繰り返していたという。
1967年、彼は「San Francisco(Be Sure to Wear Flowers in Your Hair)邦題:花のサンフランシスコ」のヒットによって一躍“時の人”となる。
この曲は、モントレー・ポップ・フェスティバル(1967年6月にカリフォルニア州で開かれた大規模な野外コンサート)のプロモーションのために製作されたものだった。
作詞・作曲は「California Dreamin’(夢のカリフォルニア)」のヒットで有名なママス&パパスのジョン・フィリップス。
スコットとジョンは以前同じグループで音楽活動を共にしていた旧知の仲でもあり、友情の証しとして提供されたものだった。
“Be Sure to Wear Flowers in Your Hair(君の髪に花を飾るべきだ)”という長い副題が付いているのは、同名の別の曲と区別するためだったという。




1939年1月10日、彼はフロリダで生まれた。
少年時代はノースカロライナ州やヴァージニア州で過ごす。
ハイスクール時代からバンドを組み音楽活動をスタートさせる。
卒業後にジョン・フィリップスと出会い、意気投合した二人は地元でグループを結成。
より本格的に音楽に取り組むために二人はニューヨークへと渡り、1961年にトリオ編成の“ジャーニーメン”を結成。
キャピトルレコードから3枚のアルバムをリリースしたが…グループは解散してしまう。ジョンはママス&パパスを結成しロサンゼルスに移る。
一方スコットはソロ名義での活動をスタートさせる。
1965年、ママス&パパスの「夢のカリフォルニア」がビルボードのシングルチャートで4位を記録する大ヒットとなる。
1967年にはスコットが歌った「花のサンフランシスコ」も同じくビルボードのシングルチャートの4位を獲得し、さらにはイギリスを始め、アイルランド、ドイツ、フィンランドなどでは1位を記録するほどの世界的ヒットとなる。


スコット・マッケンジーやママス&パパスが活躍した60年代後半とはどんな時代だったのか?
彼らは、当時ウェストコーストロックの特徴でもあったフォークロックの先駆者であり、サンフランシスコを中心に全米に広がっていったフラワームーブメント(平和運動)の中心にいた。
ベトナム戦争を背景に、平和と愛の象徴として花で身体を飾っていた若者達は“フラワーチルドレン”と呼ばれた。
「武器ではなく、花を」をスローガンに掲げた約10万人の若者達が、サンフランシスコのヘイト・アシュベリー周辺に集まり“サマー・オブ・ラブ”という社会現象を巻き起こしたのだ。
サンフランシスコ以外にも膨大な数のヒッピー達がニューヨーク、ロサンゼルス、フィラデルフィア、シアトル、ポートランド、ワシントンD.C.、シカゴ、カナダのモントリオール、トロント、バンクーバーやヨーロッパの各都市に集った。
当時のサンフランシスコは音楽、ドラッグ、フリーセックス、表現・政治的意思表示の中心地で、ヒッピー革命の本拠地となっていた。

サンフランシスコに行くのなら 髪に花をさして行くといい
サンフランシスコに行くのなら そこで優しい人々に出会うだろう


そんな時代に生まれたこの「San Francisco (Be Sure to Wear Flowers in Your Hair)邦題:花のサンフランシスコ」は、まさにサマー・オヴ・ラヴを象徴する一曲となった。

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