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マイルス・デイヴィスを偲んで〜スピリチュアル(霊的)とフィーリング(感覚)、晩年に語った音楽への意欲

2019.09.28

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1991年9月28日午前10時40分、カリフォルニア州サンタモニカの入院先の病院にてマイルス・デイヴィス(享年65)が亡くなった。
肺炎を悪化させ呼吸不全となり…関係者の見守る中、息を引き取ったという。
臨終に立ち会ったアシスタントマネージャーのゴードン・メルツァーは、当時の状況をこんな風に語っている。

「肺炎でサンタモニカの病院に入院したんだ。数日間に渡って精密検査をしたあと、肺に水がたまってきたことが確認された。呼吸を楽にするために肺に管を入れることになった。管が入っているから声はちゃんと出ないが、彼は泣きながら“死にたくない”と言った。管が入ったことによるパニックと恐怖が心臓発作につながって、そのまま1か月近く昏睡状態に陥ってしまったんだ。そして危篤状態になって意識が戻らないまま逝ってしまった。」


その年の7月8日、マイルスはスイスで行われたモントルー・ジャズ・フェスティバルのステージに立った。
クインシー・ジョーンズの指揮で、総勢50名近いミュージシャンで結成されたオーケストラをバックに、彼は30年ぶりにギル・エヴァンスとの共演作を再現する。
それまで決して過去を振り返ることをしなかった彼が、その日は自分の足跡を辿るように往年の曲をプレイしている。


そして、その2日後に行われたパリのコンサートでは、キャリアの節目となった楽曲を可能な限り当時のメンバーを集めて再演したのだ。
ジャッキー・マクリーン、ハービー・ハンコック、ウエイン・ショーター、チック・コリア、ジョー・ザヴィヌル、ジョン・マクラフリンといった過去に共演してきた主要メンバーに囲まれて、マイルスは時折笑顔を見せながら嬉しそうに演奏したという。


そんなステージを終えて7月末にアメリカに戻った彼は、体調不良を理由にいくつかのコンサートをキャンセルする。
翌8月末にロサンゼルス行われたハリウッドボウルのコンサートでは、なんとかステージに立ったものの終演直後に意識不明となり緊急入院をすることとなる。
その後、一時意識を取り戻してトランペットを手にしたりするが…容態が回復することはなかった。
亡くなる約2年前(当時63歳)に、彼は自伝の中で音楽への意欲についてこう語っている。

「俺は霊の存在については信じるが、死については考えもしない。だが音楽の本質はスピリチュアル(霊的)なことでありフィーリング(感覚)なんだ。今できることをすべて表現し、俺ができる限りの音楽を創造したいという切迫感は、若い頃よりもはるかに激しい。」

「ビバップの本質は変化であり、進展だ。創造し続けようとする人間には、変化しかありえない。人生は変化であり挑戦だ。」

「プリンスの音楽は未来に向かっていると思う。それと同時にセロニアス・モンク、チャールズ・ミンガス、フレディ・ウェブスター、ファッツ・ナヴァロなど死んでしまった彼らの霊は俺の中で常に動き回っていて、他の者へと受け継がれているんだ。彼らから学んだ全てが俺の中で息づいている。」


このように彼は晩年になっても変化を求めながら、先に逝ってしまった者たちへのリスペクトを演奏に込め続けていた。
この世を去る年の最後の夏に自らの足跡を辿るようなセッションをしたことにも、何かスピリチュアル(霊的)なフィーリング(感覚)を感じずにはいられない…


<引用元・参考文献『マイルス・デイヴィス自伝』マイルス・デイヴィス(著)クインシー・トゥループ(著)中山康樹(翻訳)/シンコーミュージック>

<引用元・参考文献『ジャズメン死亡診断書』小川隆夫(著)/シンコーミュージック>

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