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ツイストブームの立役者チャビー・チェッカーの偉大な功績

2019.10.03

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1960年代に世界的で巻き起こったツイストブーム。
その立役者として大活躍し、グラミー賞でベスト・ロックンロール・レコーディング賞を受賞した人物がいる。
彼の名はチャビー・チェッカー。
ブームに火を点けたのは、1960年に彼が歌った「The Twist」だった。
その後、「Let’s Twist Again」「Twistin’ USA」「Slow Twistin’」など、彼が歌う“ツイストシリーズ”はすべてヒットを記録。
ビルボード誌が2008年9月に発表したBillboard Hot 100 の50年間総合チャートでは、彼の「The Twist」が第1位を獲得している。
当時、彼の人気は凄まじく、男性アイドル歌手ジミー・クラントンが主演した映画『The Teenage Millionaire』(1961年)への出演を皮切りに、自らが主演を務めた『Twist Around The Clock』(1961年)、『Don’t Knock The Twist』(1962年)、イギリスの歌姫ヘレン・シャピロ主演の映画『It’s Trad, Dad!』(1962年)、さらにはオーストリアで製作された映画『Rote Lippen soll man küssen』(1963年)にも出演し、レコードだけではなくスクリーンの中でもツイストを踊り歌い大暴れしている。


ツイストというダンスのルーツを辿ってみると…1920年代に生まれた黒人の社交ダンスが源流となっている。
ツイストという言葉そのものは、19世紀にアフリカからアメリカに連れてこられた黒人奴隷が“腰をひねる”という意味で用いていたという。
その“ひねる”が労働の動作であったか、それ以外の意味を持っていたのかは定かではない。
1950年代までは、アメリカでダンスといえばナイトクラブのようなところで若いカップルがポップスにあわせて楽しく踊るジルバが主流だった。
ダンスの最後にはチークタイムとなり男性が女性を口説き落とす…そんな“接触型”のコミュニケーションが主流だった時代を経て、1960年に新しいダンススタイルとしてツイストが登場したのだ。
ジルバやチークなど従来のダンスが通常男女1組となって前後左右に動き回るスタイルだったのに対して、ツイストはほとんどその場を移動せず1人で踊るスタイルだったため、いつでもどこでも誰もが簡単に踊ることができた。
当時“ツイストの聖地”として知られたニューヨークのナイトクラブ『ペパーミント・ラウンジ』には、ビートルズのメンバー、マリリン・モンロー、オードリー・ヘプバーン、そして大統領夫人までもが詰め掛けて夜毎ツイストパーティーが行われていたという。


1941年10月3日、チャビー・チェッカーはサウスカロライナ州で生まれた。
彼は幼い頃から物まねや歌を得意としており、そのユニークなキャラクターで近所の人気者だったという。
学生の頃にアルバイトをしていた鶏肉店のオーナーがその才能に目をつけて、彼にオーディションを受けることを勧め様々なチャンスを与える。
クリスマスシーズンに合わせて、彼が色々な人気スターの物まねをして録音した「Jingle Bells」のデモテープが音楽業界に出回って評判となり、1959年(当時18歳)に若くしてデビューを果たす。


彼が得意とする物まねを活かしたデビュー曲「The Class」は、あまりヒットしなかった。
しかし、翌1960年にカヴァーした「The Twist」が彼の人生を大きく変える。
1959年にハンク・バラード&ザ・ミッドナイターズが歌ったこの「The Twist」(作詞作曲:ポール・ディー・クローヴァー)は、リリース当初まったく売れなかったという。
「The Twist」は、そのまま忘れ去られる運命かと思いきや…19歳の新人歌手チャビー・チェッカーが歌うことによって一大ブームを巻き起こす永遠のダンスナンバーとなったのだ。




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