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歴史的なロックンロールの名曲「ジョニー・B.グッド」の誕生秘話

2019.10.18

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今日10月18日は、2017年に亡くなった“ロックンロール創始者の一人” チャック・ベリーの誕生日です。
彼が生まれた日にちなんで、生前彼が生み出した代表曲「ジョニー・B.グッド」の誕生秘話をご紹介します。



ルイジアナの奥深く…
丸太小屋に住んでいる田舎少年ジョニー・B.グッド
読み書きなんて習ったこともない
だけどギターだけはベルを鳴らすみたいに上手に弾けるんだぜ!
それゆけ!ジョニー!ゆけゆけ!ジョニー・B.グッド!

彼はギターを粗い麻袋に入れて持ち歩き
線路沿いの木々のそばに腰掛けて
列車のリズムに合わせてギターを弾いてみた
そしたらみんなが立ち止まって「あいつなかなかやるじゃねえか!」と大騒ぎ
それゆけ!ジョニー!ゆけゆけ!ジョニー・B.グッド!


1952年、27歳になった彼はピアニストのジョニー・ジョンソン率いるバンドにギタリストとして加入する。

「あれは年の瀬だった。ジョニー・ジョンソンというピアニストから電話があったんだ。大晦日の晩にトリオバンドでギターとヴォーカルをやらないか?ってね。セントルイスにあるコスモポリタンというクラブでの本格的な演奏だ。もちろん引き受けたさ!」

彼にとって、そのステージがプロのミュージシャンとしての第一歩となった。
ジョニー・ジョンソンの理解もあり、彼は徐々に人の曲に新しい歌詞をつけたり、即興の歌詞を歌うようになる。
ギターのアドリブの腕も上達し、ジョニーのピアノとの絡みも客に大ウケしたという。
その後、彼はブルース界の大御所マディ・ウォーターズから人生を変えるアドバイスをもらい、直後にブルースの名門チェスレコードとの契約を結ぶ。
彼は、その運命的とも言える日のことを鮮明に憶えていた。

「ある日オレは新車の遠乗りがしたくなって、シカゴに親戚がいるという友達のラルフと2人でシカゴへとドライブしたんだ。そこで憧れのマディ・ウォーターズが出演するクラブへ行ったんだ!マディは最後のセットのラストナンバー“Got My Mojo Working”を演奏中だった。演奏が終わると群がるファンをかきわけ、サインを貰うために突進してくれたラルフのおかげで、俺はマディと口をきくチャンスができた。大統領か法王に、お目どおりするような気分だった俺は、曲の素晴らしさを褒めた後、単刀直入に“レコードをつくるにはどうすればいいのか?”と聞いてみた。大勢のファンが声をかけようとひしめく中で、マディは俺の質問に答えてくれたんだ。“レナード・チェスに会ってみろ!47丁目とカテッジの角にあるチェスレコードさ!”」

1955年、彼は29歳にしてシングル「Maybellene」で遅咲きのデビューを果たす。
マディ・ウォーターズの推薦でチェスと契約を交わしたのだから…最初はブルーズでデビューと思っていたが、意外にもレナード・チェスが関心を示したのは、彼が演奏するカントリーだった。
レナードの目論み通り「Maybellene」はビルボードのポップチャートで5位、R&Bチャートで1位を獲得し、彼は“史上初の黒人ロックンローラー”として一躍人気者となる。


その後も「Roll Over Beethoven」(1956年)「Rock ‘n’ Roll Music」(1957年)と次々にヒット曲を連発し、ついに彼は歴史的な名曲「Johnny B. Goode」を生み出すこととなる。

「この曲は作ったその場でレナード・チェスが気に入ったんだ。レコーディング中もレナードがつきっきりでコーチしたのを憶えている。」

歌の内容はフィクションで、彼の自伝的要素もあるというが、実は彼をこの世界に引き入れたピアニスト、ジョニー・ジョンソンのことを書いたものだという。
その童話的なストーリーの大筋は、彼の母の予言(息子への期待)も含まれており、歌詞の制作期間は二週間だったらしい。

「俺はギタリストを夢見る田舎の少年の物語を書いていった。懸命に練習を続ける貧しい少年を、母親の声に見たてたバックコーラスが“ゆけ!ゆけ!ジョニー!”と励ますんだ。この歌の誕生の真の功労者は、俺にいつかきっと大金持ちになると励ましてくれていたおふくろかもしれない。」

彼の母親はこう言った
「お前はビッグバンドのリーダーになれるわ!」
「いつの日かお前の名前が(看板に書かれて)脚光を浴びるようになるわよ!」
「たくさんの観客の前でお前は紹介されるの!」
それゆけ!ジョニー!ゆけゆけ!ジョニー・B.グッド!


彼は幼い頃に母親から黒人奴隷のルーツについて話を聞いていた。
アフリカ大陸からニューオーリンズの綿畑に連れてこられて、どんな生活をしていたのか?
彼のひいお爺さんが、ニューオーリンズの緑深い森の奥の丸太小屋に住んでいたこと。
彼は最初、歌の主人公に黒人の少年(カラードボーイ)をイメージしていたが、白人ファンのことも考えて田舎の少年(カントリーボーイ)に変えたという。

「俺はこの曲のおかげで成功を手にすることができた。黒人の才能が認められることなんてなかった暗黒時代に、俺は一部の白人からも認められたんだ。この曲は現代の暗黒時代から生まれた産物なんだ。貧しくても、黒人に生まれても、努力する姿勢と才能があれば成功できるかもしれない。でも富と名声は向こうからは来てくれない。自分から“GO!“するしかなんんだ。」


最後に…
この曲のオリジナル演奏は、1977年に打ち上げられた宇宙船ボイジャー1号・2号に搭載されたゴールデン・レコード(The Sounds of Earth)に録音された。
そこには地球の生命や文化の存在を伝える音・音楽や画像が収められており、地球外知的生命体や未来の人類が見つけて解読してくれることが期待されているという。
いつか地球外知的生命体が「ジョニー・B.グッド」を聴く日が来るとしたら…彼らはロックンロールに胸躍らせるのだろうか?
なんとも夢があって素敵な話じゃないか♪


「これは小さな遠い世界からのプレゼントで、われわれの音・科学・画像・音楽・考え・感じ方を表したものです。私たちの死後も、本記録だけは生き延び、皆さんの元に届くことで、皆さんの想像の中に再び私たちがよみがえることができれば幸いです。」 —アメリカ合衆国第39代大統領ジミー・カーター



<参考文献『チャックベリー自伝』チャックベリー(著)中江昌彦(訳)音楽之友社>

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