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オリビア・ニュートン・ジョンの「カントリー・ロード」が日本で発売された日

2019.10.20

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1976年(昭和51年)10月20日、オリビア・ニュートン・ジョンの「カントリー・ロード」(東芝EMI)が日本で発売された。

同年の国内ヒットソングといえば…
1位「およげ!たいやきくん」/子門真人
2位「ビューティフル・サンデー」/ダニエル・ブーン
3位「北の宿から」/都はるみ


モントリオール五輪が開催され、鹿児島で日本初の五つ子生まれ、アントニオ猪木対モハメド・アリの異種格闘技戦に日本中が熱狂し、焼そばUFOやどん兵衛(共に日清食品)がヒットし、「記憶にございません(ロッキード事件の国会証人喚問で、証人質問に対する言い逃れ)」という言葉が流行した年でもある。


カントリーロード 僕を連れていってよ
僕が育ったあの場所へ
ウェストバージニアの母なる山々へ
僕を連れていってよ カントリーロード


この「カントリー・ロード」は、オリビア・ニュートン・ジョンが1973年にリリースしたアルバム『Let Me Be There』からのシングルカット曲として発表された。
当時、アメリカのビルボードチャートでは119位にとどまり、イギリスでは15位を記録している。
その3年後となる1976年に、日本のTV番組『おはよう700』(TBS)の看板コーナーでのテーマ曲として使用されたことをきっかけに国内リリースされ、オリコン洋楽チャートで15週連続1位を獲得する大ヒットとなった。
その日本でのヒットから20年の時を経て…1995年に公開されたスタジオジブリ制作のアニメ映画『耳をすませば』(映画東宝配給)のオープニングテーマとして起用され、主人公(月島雫役)を演じた声優・本名陽子が歌った主題歌と共に再び注目を集めることとなった。





通称「カントリーロード」として知られているこの楽曲は、もともとアメリカのシンガーソングライター、ジョン・デンバーの歌唱によって1971年3月8日にリリースされ、ミリオンセラーとなっている。
以降、70年代のアメリカを代表曲するフォーク&カントリーソングとして親しまれ、歌詞に繰り返し“ウェストバージニア”が登場することから、2014年にはウェストバージニア州の4番目の州歌になった。
同曲のクレジットには、作詞にビル・ダノフ、作曲にはタフィー・ナイバートの名前がジョン・デンバーの共作者として記されている。
1960年代の終わり頃、ビルとタフィーはワシントンDCにあるジョージタウン大学の学生で“ファット・シティ・バンド”というバンドを組んで小さなライブハウスで歌っていた。
数枚のレコードも発表していたけれど、当時のジョン・デンバーと同じくヒットには恵まれていなかった。
彼らの将来性を見込んだプロモーターが、ある日「男女2人組のアコースティックデュオとなってジョン・デンバーのライブの前座をしないか?」と声をかけた。
それがきっかけでジョンとビルとタフィーは一緒に仕事をする仲となる。
3人は各地をまわる生活を送る中、この曲を創作する。
後に夫婦となったビルとタフィーは、当初この曲をジョニー・キャッシュに売り込むつもりだったが、ジョン・デンバーが歌うことによって運命が大きく変わったのだという…

天国のような ウェストバージニア
ブルーリッジ山  シェナンドー川
木々が生えるよりも昔から
山々の歴史にはかなわないけど…
まるでそよ風のように人々は昔からそこで暮してきた


その朝 僕には聴こえたんだ 
彼女(母なる山々)が僕を呼ぶ声が
ラジオから聴こえる音は 僕の心をあの場所まで運んでくれる
はやる気持ちで車を飛ばしながら僕は思った
ああ どうして僕は昨日まであの故郷へ帰ろうとしなかったんだろう 


誰もが一度は胸に抱く都会への憧れ。
進学、就職、夢を追いかけて…故郷から旅立ってゆく人々。
その多くの者達が、ある時期必ず想うことがある。
「故郷へかえりたい!」
オリビア・ニュートン・ジョンのカヴァーよって日本でも広く知られることとなったこの歌は、世界20カ国以上の国々で愛され、イギリスでは“ドライブの時に聴きたい歌”のナンバーワンに選ばれているという。

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