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井上陽水の「断絶」~歌詞にこだわったプロデューサーの多賀英典が見出したのは人間の優しさだった

2019.11.25

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営業マンの出身だったポリドール・レコードの多賀英典は、まだ制作を手がけてから間もない時期だったが、テーマの選び方や歌詞について、ディレクターとしての立場から井上陽水に意見や注文をぶつけてきた。
歌詞の完成度を高めるようにと厳しく要求されたことは、スタッフにも本人とっても、意外なことだったらしい。

ビートルズに多大な影響を受けて洋楽志向だと自覚していたことで、井上陽水もマネージャーの川瀬泰雄も日本語の歌詞は、ロックやポップスには合いにくいものだと思っていた。

だからテーマや歌詞に徹底してこだわる多賀と出会ったことは、川瀬にとってある種のカルチャーショックだったと述べている。

それまでは、陽水も僕もサウンドを重視していたんですが、根が文学青年だった多賀さんは言葉に対する感覚が繊細で、詞に対する注文が厳しかったんです。陽水に対しても「曲はいいけど、詞が弱い」と指摘して、何度も書き直しを要求した。当時の僕は洋楽思考で、極論すれば、響きさえよければ詞は何でもいいと考えていたんですが、いいメロディーにいい詞が乗ると素晴らしい歌になることを教えられて、目から鱗が落ちました。陽水自身もボブ・ディランやニール・ヤングの詞を研究して、どんどん磨きをかけていきましたね。
(川瀬 泰雄「ヒット・ソングを創った男たち」169ページ)


多賀がプロデューサーになったことによって、井上陽水はソングライターとしての本質を歌詞の面から引き出してもらうきっかけを掴んだといえる。
自分の弱みを全部さらけだして、心の奥に秘めている望郷の思いや叙情性を包み隠さず、正直に書くことを多賀に求められたのだ。

そうやって自分を人前にさらすことを避けるために、井上陽水はアンドレ・カンドレという芸名を使って、自分の素顔やホンネを隠してきた。
だが多賀に認められなければもう先がないのは明らかだったので、いい歌をつくるしかないと覚悟を決めて、ソングライティングがに向かった。

日本にもアルバムの時代が来ていると判断していた多賀は最初から、フル・アルバムを制作することを主張していた。

アルバムとなれば小手先のごまかしなど通用するはずもない。
こうした段階を経たうえで、ファースト・アルバム『断絶』のレコーディングが始まった。

どことなく避けてきた家族や故郷の記憶と向き合って、井上陽水は恋人の父親とのやり取りを描いた「断絶」や、自分の父と母をテーマにした「人生が二度あれば」を書き上げた。


しかしそこでも多賀からは歌詞の面で、まだもの足りないという苦言が突きつけられたという。

とくにまだ生きている父親が自分の人生を振り返るテーマはともかく、後悔しているかのような歌詞は「親に対して失礼だ」とまで言われた。

その言葉に衝撃を受けた井上陽水は、それ以降の楽曲において歌詞の重要性を強く意識していくことになった。
そして自分なりの工夫を重ねたことによって、アーティストとして急成長することができたのである。

ここでモップスの星勝がアレンジを担当することになったのは、それ以前からの人間関係をふくめて、ごく自然な流れによるものであった。
レコーディングにおける演奏はドラムが鈴木ミキハル、ベースが三幸太郎、すなわちヴォーカルの鈴木ヒロミツのいないモップスが基本となった。

最初のアルバム『断絶』は1973年の春に世に出たが、当初は全く期待されていなかった。
しかしこれは日本のロックにおける金字塔となった。
アレンジを担当した星勝の功績には、実に大きいものがあった。

しかも作品全体が持っている叙情性と、そこから伝わってくる井上陽水の人間的な優しさが、口コミで広がっていった。

多賀は井上陽水の魅力が、その人間性と優しさにあると語っている。

「ぼくはアーティストは音楽的テクニックの以前に人を惹きつける人間性がなければならない==という持論なのですが、ウチでやろうということになって、曲ができた頃からだんだんその人間性、魅力がわかってきたわけです。ナイーブさ、優しさに対する憧れ、そして優しさが自分にはないんじゃないかという疑問…。
その辺が一作目のLP『断絶』、そして次の『センチメンタル』によく出ていたと思います」
(週刊ミュージック・ラボ1974年3月4日号 38ページ)




リスナーによって発見されて口コミで広まっことによって、人間として受け入れられたこのとの大切さについて、多賀は冷静にこう分析していた。

「ひとりの人間を素直に受け入れてくれる人たちが1人でも多く居たということで……。彼自身もヒットうんぬんは関係なく、“人間を受け入れてもらえた”ということをうれしがっていると思いますよ」




(「人生は二度あれば」に続く)


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