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高田渡が“酒仙歌手”になったのは、井上陽水のすまき事件がきっかけだった?──トリビュート・ライブ“Just Folks”

2015.04.23

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井上陽水が高田渡を布団ですまきにしたことがある、そんな話が2005年4月29日のスポーツ新聞の記事に出ていた。

心不全のため16日に亡くなったフォーク歌手、高田渡さん(享年56)の「送る会」が28日、東京・小金井市公会堂で営まれた。高田さんと親交の深かった歌手たちが、それぞれの思い出の曲を披露。中川五郎(55)らが発起人となり、ファン1000人と約7時間にわたって故人をしのんだ。
同じ年で30年来の付き合いという井上陽水(56)は閉会寸前に到着。ステージ上に飾られた高田さんの写真をしんみりと見てから、代表曲「傘がない」を熱唱。「70年代の初めの頃に一緒にライブツアーをした。旅館で高田さんを布団ですまきにしたんですよ」と思い出を語った。
(井上陽水ら「高田渡さん送る会」:スポーツニッポン 2005/04/29より)


4月18日に東京・東京グローブ座で行われた「高田渡トリビュートライブ“Just Folks”」では、その貴重なエピソードを生で聞くことが出来た。

没後10年を記念した高田渡のトリビュート企画の特別編は、東京のグローブ座で3時間半にわたって行われた。
第1部は高田渡の息子である漣と井上陽水による「高田渡を語る」、第2部は桃月庵白酒が落語を披露する「高田渡を噺す」、第3部は高田漣が父の歌った作品をカバーする「高田渡を歌う」という構成だった。

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旅先の北海道で亡くなった高田渡の遺体が羽田空港に運ばれたとき、迎えに行ってくれたのが井上陽水だったという話から始まった第1部は、初めから最後まで笑いに包まれる中で故人の終始一貫してブレなかった生き方と、酒にまつわる面白おかしいエピソードが披露された。
なかでも特に印象に残ったのは、父と子が一緒に飲みに行っての帰り道の話である。

泥酔してもどしてしまってた高田渡の背中をさすってあげていると、「どこのどなたか知りませんが…、お若い方ありがとう…、せめてお名前を…」と息子に言ってきた。
大きな声で「漣だよ!」と言ったら、急に酔いが覚めたらしい。

「なんだお前か!いつからいたんだ!」
「ずっと一緒に飲んでたよ!」


そんな面白くもどこか切ない爆笑の後に、いよいよとっておきの話が出てきた。
かつてアンドレ・カンドレと名乗っていた井上陽水が、遠藤賢司と高田渡の3人で各地を回っていた1970年頃のことだという。

いつも飄々として大人びたた佇まいを醸し出している高田渡は、周囲から一目置かれる存在だった。

僕はどちらかと言うとチャラチャラした音楽が好きで、
彼はブルースとか民衆の叫びとか、“渋系”でしたからね。(井上陽水)


“チャラチャラ系”だったという井上陽水だけでなく、当時は誰もが「ちょっと生意気だな(笑)」と感じていたらしい。
自分たちよりも年下であるにもかかわらず、泰然自若、長老風の高田渡を「ちょいとばかり懲らしめよう(笑)」と、井上陽水は遠藤賢司と相談した。
そしてツアー先の旅館にいた高田を、布団で“簀巻(すま)き”にすることを企んだのだ。

もちろん冗談半分だったが、いざ二人が実行してみると「何するんだ!」と高田渡は激しく抵抗した。

地球が明日終わると言われてもまったく動じないだろうと思っていた男が、予想外に示した意外に素直な反応に驚かされたと、井上陽水は懐かしんだ。

考えてみれば井上陽水も遠藤賢司も背が高くて大柄だった。それに比べると高田渡は小柄で、しかも痩せていたので本気で怖かったのかもしれない。

「もともと酒を嗜まなかった父に酒を教えたのが、井上陽水さんと遠藤賢司さんだったと聞いたことがある」と、高田漣が回想する場面もあった。
「本当に?そうだったかなぁ?」と井上陽水はまったく思い当たらない様子で、司会者から「すまきにした上にお酒を飲ませたんですか?!」と突っ込まれると、ステージ上と観客は大爆笑となった。

確かに名曲「コーヒーブルース」を書いた初期の頃は、高田渡に酒にまつわる話は出てこない。当時は京都に住んでいたが、河原町三条にある喫茶店「六曜社」や、堺町三条にある「イノダコーヒ」が常連のコーヒー党だった。

多くの人がイメージする“酒仙歌手”となったのが“すまき事件”がきっかけだとしたら、日本の音楽史に残る珍エピソードと言えるだろう。


高田渡「コーヒーブルース」

高田渡「酒」


【Live Report】
高田渡トリビュート・ライブ“Just Folks”
2015年4月18日 東京グローブ座


高田渡の没後10年を機に企画された「高田渡トリビュートライブ“Just Folks”」。特別編となる東京グローブ座の公演は、チケットも完売するほどの盛況となった。

別項にて先述したとおり、この日は3部構成でステージが進行していった。井上陽水と高田漣の秘蔵エピソード満載の第1部「高田渡を語る」に続き、第2部は落語家・桃月庵白酒による「高田渡を噺す」。古典落語「親子酒」を、設定を高田渡・漣の親子にリメイクした一席を披露。随所に織り交ぜられる高田渡の名曲モチーフや音楽ネタで大観衆の笑いを誘った。

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第3部は、高田漣が父の歌った曲をカバーしていく「高田渡を歌う」。高田漣のアコースティックギター弾き語りによる「仕事さがし」からはじまったステージには、はちみつぱい時代から高田渡と共演してきたバイオリン/トランペットの武川雅寛(ムーンライダーズ)や、細野晴臣バンドで高田漣と共演してきたベースの伊賀航、ドラムの伊藤大地を中心に、チューバの関島岳郎、ストリングスの徳澤青弦カルテットなど豪華な面々が集結。楽曲ごとに編成を変えながら名曲たちを披露していく。

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ニューオーリンズ・ジャズ風に賑やかな「ヴァーボン・ストリート・ブルース」や、流麗なストリングスが胸を打つ「ひまわり」、ドレスコーズ志磨遼平をゲストボーカルに迎えた「夕暮れ」「私は私よ」、ビンテージのエレキギター(バタヤンと同じナショナル・ギター!)の太い音色で奏でるサザンロック調のリフが印象的な「銭がなけりゃ」、幅広い世代に人気の「生活の柄」「系図」などを次々と歌い上げる。

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そして終盤。「今までずっと高田渡の曲を歌ってきたので、他の曲を歌っていいですか?」と語ってから披露したのは、高田漣が2013年に発表したアルバム『アンサンブル』収録の「オール・ナイト」。この曲は、高田渡が書いた歌詞に、高田漣が曲を付けたものだ。さらに本編終了後のアンコールには高田渡の父・高田豊が書いた詞に息子の高田渡が曲を付けた「火吹竹」を、そのまた息子の高田漣が歌う……という、親子三代が時空を超えて一緒にステージに上がるような、感慨深いシーンもあった。全22曲にわたるライブの最後は、高田渡もライブで最後に歌うことが多かったという「くつが一足あったなら」をミュージシャン全員で演奏し、3時間半におよんだイベントは終了した。

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高田漣がアレンジを施した父のナンバーの数々は、高田渡というシンガーのバックグラウンドにあるカラフルな音楽性を紐解いていくようでもあり、そして父よりは少し低めの声で丁寧に歌い上げられていく言葉の数々は、時に変わらぬ瑞々しさを、時に一層鋭さを増したように受け取れるメッセージ性を、あらためて浮き彫りにしていた。そして何より、どの曲も“高田漣の歌”になっていたことが実に感動的な一夜であった。(宮内 健)

ステージ写真撮影/堀田芳香


高田渡『イキテル・ソング~オールタイム・ベスト~』

高田渡
『イキテル・ソング 〜オールタイム・ベスト〜』

(ベルウッド・レコード / キングレコード)


高田漣『コーヒーブルース ~高田渡を歌う~』

高田漣
『コーヒーブルース〜高田渡を歌う〜』

(ベルウッド・レコード / キングレコード)


高田渡トリビュートライブ “Just Folks”
5月17日(日)福岡・LIV LABO
6月10日(水)広島・SHAMROCK
6月15日(月)愛知・名古屋 TOKUZO
6月17日(水)静岡・浜松 ESQUERITA68
6月25日(木)長野・ネオンホール
6月26日(金)石川・金沢 もっきりや

詳細は、高田渡トリビュート 特設サイトを参照ください。

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