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2人だけで結成されたホワイト・ストライプスの真骨頂、カントリーをガレージ・ロックにした「ジョリーン」

2015.08.14

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アメリカの音楽サイト「Diffuser.com」はかねてより、<ベックのベスト・ソングTOP10>や<レディオヘッド ベストソング TOP10>といったリストを選出している。

<17 COVER SONGS BETTER THAN THE ORIGINALS(オリジナルより良いカヴァー曲 TOP17)>が発表されたのは2015年7月31日だ

そこで1位に選ばれていたのが、ザ・ホワイト・ストライプスの「Jolene(ジョリーン)」だった。

オリジナルは1960年代後半からカントリーの第一人者として活躍したシンガー・ソングライターで、女優としても有名な大スター、ドリー・パートンの代表作である。

ドリー・パートン ジョリーン

日本では70年代の半ばに、オリビア・ニュートン・ジョンのカヴァーがヒットしている。

最近ではティーンズ・アイドルの人気スターから脱皮して、POPアーティストとしても確固たる地位を築いた歌手、マイリー・サイラスによるヴァージョンが有名だ。


1997年にデトロイトで結成されたホワイト・ストライプスは、2人だけのバンドとしてデビューした。

ギターのジャック・ホワイトとドラムのメグ・ホワイトは、姉と弟という触れ込みだったが実は結婚していたことが明らかになる。
だがバンド活動を始めてまもなく離婚した2人は、夫婦だったことが判明した後も姉弟という設定で、引き続き音楽活動を継続していった。

彼らの特徴はギターとドラムだけという変則でミニマムな編成ゆえに、ロックやブルースが持っていた原初的な衝動を、ストレートに音で表現しているところだろう。

ヴァーカルのジャックはギター、ドラム、オルガン、ピアノ、アナログ・シンセサイザー、マリンバなどを演奏するマルチプレイヤー。
自分が影響を受けたブルースやカントリー、ロック、パンク・ロックなどをリスペクトしつつ、それらを受け継いでオリジナルを作る一方で、ロバート・ジョンソンやボブ・ディランを自己流にカヴァーする。

そんなジャックを支えるドラムのメグは、バンドを始めるまでは楽器をいじったことのない素人だった。
だからお世辞にも演奏が上手いわけではないのだが、シンプルきわまりないドラムにジャックのギターが重なると、そこで不思議な化学反応を起きて独特のグルーヴが生まれてくるのだ。

叫ぶかのように歌うジャックの「ジョリーン」もまた、ロックが持っていた原初的なエネルギーに溢れている。


ホワイトストライプスはライブでもサポート・ミュージシャンを付けず、プログラミング音源を使うこともなく、2人だけでしか出せない音で勝負している。
その力強くも潔いガレージ・ロックのサウンドは、半世紀前まで自動車王国の中心として栄えたにもかかわらず、廃墟となってしまった都市のデトロイトから、生まれるべくして生まれたのかもしれない。

1903年にヘンリー・フォードが自動車工場を建設したデトロイトは、ビッグ3と呼ばれたフォードとゼネラルモーターズ、クライスラーの本社がある自動車産業の街として栄えた。

華やかなりし頃のデトロイトは、その名も「モーターシティ」とも呼ばれていた。
そして「Motor」と「Town」から作られた造語、「Motown(モータウン)」はテンプテーションズやフォー・トップス、シュープリームス、マーヴィン・ゲイ、スティービー・ワンダー、ジャクソン5などの大物たちを輩出したデトロイトのレコード会社だ。

モータウンの

1950年代の終わりから70年代にかけて、黒人のミュージシャンが存分に活躍できるレコード会社が少なかった時代に、モータウンからは多くのスターが綺羅星のごとく誕生して、白人にも大いに受け入れられた。

しかし1967年7月下旬に発生した大規模なデトロイト暴動が、大きな分岐点となって時代が変わっていく。
わずか7日間で全米80以上の都市へと飛び火した暴動を境に、白人による郊外への脱出が始まったデトロイトは、次第に街の中心が空洞化していった。


1970年代以降になると追い打ちをかけるように、日本車が台頭して自動車産業が深刻な打撃を受ける。

社員を大量解雇し始めたビッグ3の影響は、下請などの関連企業に及んで多くの工場が操業を止め、中小の会社の倒産が相次いだ。
ダウンタウンには失業者や浮浪者があふれ、治安の悪化に歯止めがかからないまま、デトロイトは悪循環から脱却できなくなっていく。

モータウンもまた1972年にはロサンゼルスへ移転し、音楽の街も日に日に過去のものになったのだ。

そんなデトロイトに生まれ育ったジャックが通ったのは、100年以上も前に設立されたCass Technical High Schoolで、モータウン時代のダイアナ・ロス、ジャズのロン・カーターやケニー・バレルが通った歴史ある高校だった。

しかし街が衰退するにともなって80年代にはダークなデトロイト・テクノが生まれ、90年代になるとゲットーからデトロイト・ハウスが発生、ヒップホップ・シーンにはエミネムが現れるなど、デトロイトの音楽シーンは様々な文化がぶつかり合うなかで、今も化学反応を繰り返しながら刻々と変化している。

なおジャックは21世紀になってまもなくデトロイトを離れ、今はカントリーのメッカとされる音楽都市、テネシー州のナッシュビルに住んでいるという。

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