Extra便

「ブラックカウ」を飲み干して ――スティーリー・ダン

2016.09.23

Pocket
LINEで送る

 1974年、アメリカの『ニューズウィーク』誌に、24歳の日本女性が「新しい時代の4人のトップモデル」として紹介された。漆黒のおかっぱに切れ長の目、“東洋”を体現する神秘的な佇まい――山口小夜子である。77年にはロンドンのアデル・ルースティン社が小夜子のマネキンを製作。世界各都市のショーウィンドウを飾った。
 そんな彼女の写真をジャケットに起用したのが、スティーリー・ダンの『彩(エイジャ)』だ。1977年に発表されたこのアルバムは、完成度の高さゆえポップ・ミュージックの芸術品とも評され、彼らの代表作となった。

712erp-7oyl-_sl1500_-1024x1024


 ドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーによるスティーリー・ダンが誕生したのは、1971年のことだ。2人の出会いは1967年、ニューヨークのバード・カレッジ。ともに文科系の学生だった19歳のフェイゲンと17歳のベッカーは、ジャズとウィリアム・バロウズが好きで意気投合した。「スティーリー・ダン」の名は、バロウズの小説『裸のランチ』の一節にちなんでいる。
img_1

 2人を最初に見出したケニー・ヴァンスは、その第一印象を「2匹の昆虫」「ヤク漬けの図書館司書」と称したという。確かに彼らの風貌は、ロックミュージシャン的な熱さやタフネスからは遠い。そして外見だけでなくサウンドも、独自路線を突き進んでいく。
 デビュー時は6人編成のバンドであったスティーリー・ダンは、やがて2人の“プロジェクト”へと形を変えた。フェイゲンとベッカーは、自分たちの思い描く音楽を構築するべく、バンドメンバーを次々とクビに。音を実現するためにふさわしいミュージシャンを集めてレコーディングを行う、いわばスタジオ・グループとなったのだ。
 後に彼らが「1974年以来19年間ツアーをしなかった」と語るとおり、ライブもほとんど行わず、ロックバンドという枠組みから逸脱した存在へ。ジャズとロックを緻密に融合させた楽曲を、優れた職人たちが演奏するというスタイルを築いた。
 2人の頭の中には完成したイメージがあり、この曲に何が必要かということがわかっているという。誰かのレコードを聴いては「こいつはすごい、スタジオに呼ぼう」と選りすぐりの奏者を集めるのだ。
 6作目のアルバム『彩(エイジャ)』には、サクソフォーンのウェイン・ショーターやドラムのスティーヴ・ガットをはじめ、35人ものミュージシャンが名を連ねた。お金も労力も惜しみなくつぎ込み、録音には18ヵ月が費やされたという。
 職人たちが適材適所に配置され、見事に研ぎ澄まされたこのアルバムは、完成度の高さで聴く者を驚かせた。が、彼らは「完璧を求めているのではなく、繰り返し聴けるものを」と語る。その言葉どおり、気づけばリピートしている決して飽きることのない一枚だ。仕事をしているとき、料理をしているとき……延々流していても、不思議と気持ちよさは持続する。マニアックなスタイルながら、ジャンルを超えてあらゆる音楽ファンに愛聴され、誰もが心地よさを感じる大衆性を持ち合わせているのだ。
 
 そして彼らの書く詞もまた、一筋縄では行かない。つくづく語るのが難しいグループだ。
 かのフランク・ザッパが“downer surrealism”と形容したというその詞は、文学的、難解、内省的などと言われる。日本語対訳を読んでも意味が掴めないことが多く、つい深読みをしてしまう。ただ、聞き手にとって意味深長に思われる歌詞も、元をたどればあるシチュエーションをシンプルに描写していたりするのだろう。そう思わされるのが、『彩(エイジャ)』のオープニング曲「Black Cow」だ。


 歌詞はこんなふうに始まる。

 ルディの店で君を見かけたよ。君はかなりハイになってた。
 泣きたくなるね。あいつらが君の顔を見ていたよ。

 カウンターに置いた鍵のそばに、旧約聖書と薬。
 それらは悲しみを拭い去ってくれるんだろうね。
 けど君はこれから、一体どこへ?

 君があいつらとつるんでいるからって、俺は泣いてなんかいられない。
 逃げ出せよ、きりがいい時を見計らって。
 ビッグサイズのブラック・カウを飲み干して、ここを出て行くんだ。

 男が店で女を見つける。男が見た女の振る舞いや持ち物を描写するうちに、聴き手は2人の関係を思い描く。おそらくは、かつての恋人が自暴自棄になっている姿を見たのだろう。カメラワークが頭に浮かび、映画のワンシーンのようだ。
 さて、ここで気になるのが「Black Cow」。歌詞対訳では「黒い牛のミルク」とされ、謎めいている。唐突に「黒い牛」「ミルク」とあれば、特別な意味が隠されているに違いない、と想像するのも自然なこと。しかし何のことはない、これは「ルートビアフロート」の異名なのである。
 「ルートビア」とは、薬草類の根(=root)をもとに作り出されたアメリカの伝統的な飲料。アルコールを含まない炭酸ドリンクで、1919年に禁酒法が公布された頃にはパーティーの飲み物としてよく用いられた。日本ではあまり見かけないが、アメリカでは数ある炭酸飲料の中で最も歴史があるという。
 スヌーピーや『Xファイル』のモルダー捜査官も愛飲しており、アメリカ人にとっては馴染み深いドリンク。場所によっていろいろな作り方があり、飲み方もバニラアイスクリームを落としたりシェイクにしたりとさまざまである。
 ルディの店で女が飲んでいるのは、誰もが子どもの頃から知る味のルートビアフロート。ビールでもウイスキーでもなく、この「Black Cow」という小道具が使われることで、懐かしいような切ないような、ほろ苦い情景が浮かびあがってくるのだ。
 日本でも、沖縄をはじめ、「ハードロック・カフェ」やスヌーピーの「ピーナッツカフェ」でルートビアフロートを飲むことができる。独特に香る甘い「Black Cow」を飲みながら、曲のシーンを心に描いてはいかがだろうか。

★「Black Cow」レシピ
バニラアイスクリームをスクープしたグラスに、好みの量のルートビアを注いで。

rootfroat


参考文献
・『スティーリー・ダン Aja 作曲法と作詞法』ドン・ブライトハウプト著
・DVD『彩(エイジャ)』
・『山口小夜子 未来を着る人』展覧会図録
・『レコード・コレクターズ』1993年6月号
・『THE DIG』1996年vol.5
・『THE DIG』2000年No.20
・『beatleg』2000年vol.9

Pocket
LINEで送る

スポンサーリンク

関連アーティスト

関連するコラム

[Extra便]の最新コラム

このコラムへの感想・コメントを書く

Pagetop ↑