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荒井由実と吉田美奈子の“わかれたおとこたち”――「チャイニーズスープ」

2016.10.25

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「CHINESE SOUP」は1975年に発売されたユーミン3枚目のアルバム、『COBALT HOUR』の収録曲だ。

莢えんどうの豆をむき、スープを作る女。豆を過去の男になぞらえて、形がなくなるくらいコトコト煮込んだら、今の彼にさぁどうぞ――。軽やかな筆致ゆえに、かえって浮かびあがる女の残酷。曲もバイオリンが心地よく、踊りたくなるほど明るい。魔女が毒入りスープをグツグツ煮込むようなドス黒さはなく、「いろいろあるけど、ま、いいわ」というあっけらかんとした雰囲気だ。これも女の応援歌といえるかもしれない。

※11分17秒頃から「CHINESE SOUP」

陰と陽をあわせもつこの曲は、新井素子が20歳の夏に書いた小説『ひとめあなたに…』(1981年)で使用されている。物語の設定は、「1週間後、巨大な隕石が地球に衝突する」。極限状態に置かれた女たちの狂乱を描いた作品だ。
そこに「世田谷 由利子——あなたの為にチャイニーズスープ」という章がある。世田谷在住の主婦・由利子が、ユーミンの歌を口ずさみながらスープを作るのだ。具材は、なんと由利子の夫・明広さん。愛する男を殺して解体し、スープにして自分の体内に取り込もう、というカニバリズムのシーンである。

「わたしの場合、煮こんでいるのは、別れた男達なんかじゃない、明広さん。あなたへの想い。愛していてよ、明広さん。この世の中で一番、誰よりも。髪の毛一本、残さぬ程に……。」

幸せいっぱいで調理する狂気の由利子。愛する女ほど恐ろしいものはない、と思わされる。読者の脳内ではBGMとして軽やかな「CHINESE SOUP」がリピートされ、この場面の恐怖を増幅させることだろう。

ユーミン自身は、「CHINESE SOUP」を収録する『COBALT HOUR』について、著書『ルージュの伝言』(1983年)でこんなふうに語った。

『コバルト・アワー』というアルバムが、それまでの二枚とすごく発想がかわったのよ。(中略)まだ一枚目(『ひこうき雲』)、二枚目(『MISSLIM』)は私小説ね。『コバルト・アワー』にはそういうものが自分でなくなっちゃったという気がしたの。企画物をつくらなきゃいけないという気になって、すごくプロになったアルバムだと思う。


『COBALT HOUR』の代表曲といえば「ルージュの伝言」。「バスルームにルージュの伝言」のワンフレーズで、鏡に赤文字で残された別れ言葉が目に浮かぶ。ユーミンはこの曲で「コピーライトにめざめたんだと思う」(『ルージュの伝言』より)と話す。「CHINESE SOUP」もきっと私小説ではなく、日常のほんの小さな種がこんな形で発芽したのだろう。ちなみに『COBALT HOUR』の時、ユーミンは21歳。婚約はこの年の暮れだった。

エッセイストの酒井順子は新書『ユーミンの罪』(2013年)でこう書く。
「大人になってみてわかるのは、二十一歳の時に懐かしんでいた近過去というのは、あくまで甘い、お菓子のようなものであったということ」「もしも、同じ内容を四十代の人が表現しようとしたら、このようなお洒落な歌にはならないことでしょう。」

確かに、たとえば結婚や不倫、離婚のあとに煮込むスープなら、苦みも渋みも違ってくるはず。新井素子の『ひとめあなたに…』も20歳の作品。「CHINESE SOUP」の軽やかさは、この年頃に相性がよいのかもしれない。



さて、この曲を22歳でカバーしたのが、吉田美奈子である。編曲は、山下達郎が「日本最高のピアニスト」と称した佐藤博。ドラムから始まるアップテンポなアレンジに、Pointer Sistersのようなコーラス。大人の軽みが加わり、ジャジーで心地よい。曲中に「愛してるわダーリン いつも一緒にいてね」と台詞が入る。ユーミンの歌は年頃の生身の女を思わせるが、こちらはくすっと笑ってスープを混ぜるいたずらな魔女、という感じだ。

山下達郎は、雑誌の対談で「ぼくは人の介入を本質的に受け入れない天才肌の人を二人知ってる。矢野顕子と吉田美奈子なの」と語った(季刊渋谷陽一『BRIDGE』CUT1995年4月増刊号、対談・吉田美奈子×山下達郎)。
吉田美奈子がよく知られた曲をカバーする時、まったく違う世界が広がって驚かされる。2015年の夏、松本隆の作詞活動45周年を記念したコンサート「風街レジェンド」では松田聖子の「ガラスの林檎」を歌った。空間を揺らす、声の大波小波。繊細な歌詞とメロディーなのに、会場全体が海にとっぷりと浸されるような包容力があった。

「私が家出少女だったとき、松本さんが、『眠いよね、おなかすくでしょう』と自宅の押し入れに匿ってくれて。なんて優しい人なんだろう、と思いました」。吉田美奈子が「風街レジェンド」で、つぶやくように明かしたエピソードだ。

「家出少女」がいつのことかはっきりとはわからないが、松本隆、細野晴臣との出会いは高校生の時である。最初のアルバムは20歳の頃で、1973年9月、細野晴臣プロデュースの『扉の冬』。同じ年の11月、19歳の荒井由実のファーストアルバム『ひこうき雲』が発売された。ともにキャラメル・ママが音を作り、「私のセッションと美奈子のセッションが同時にあった」とユーミンは書いている(『ルージュの伝言』)。

2人の天才女性アーティストがファーストアルバムを世に送り出した、はじまりの年。荒井由実と吉田美奈子の「CHINESE SOUP」を聴き比べる時、この秋のことを想像して、胸が熱くなる。

★チャイニーズスープのレシピ
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豆とプティオニオンは見た目が可愛いので、そのまま残しました。歌詞では、莢えんどうを形が見えなくなるまで煮込み、プティオニオンはみじん切り。

【材料(2人分)】
莢えんどう 120g
プティオニオン(ペコロス) 6〜8個
たまねぎ 1/2個
鶏がらスープの素(顆粒) 小さじ2
水 300ml
オリーブオイル 大さじ1

【下ごしらえ】
椅子に座って爪を立て、莢えんどうのすじをむく。
(莢はゆでてサラダなどに使っても)
プティオニオンの皮をむく。
たまねぎをみじん切りにする。

【作り方】
1 鍋にオリーブオイル、たまねぎを入れ、透明になる程度に炒める。
2 水と鶏がらスープの素を加え、たまねぎが柔らかくなるまでとろ火で煮る。
3 莢えんどうの豆とプティオニオンを加える。たまねぎが溶けて、豆とプティオニオンが柔らかくなるまで煮る。
4 塩、こしょうで味付けすれば、できあがり。

★参考文献
『ひとめあなたに…』著・新井素子(角川文庫)
『ルージュの伝言』著・松任谷由実(角川文庫)
『ユーミンの罪』著・酒井順子(講談社現代新書)
季刊渋谷陽一『BRIDGE』CUT1995年4月増刊号

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