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伝説のブラインド・レモン・ジェファーソンは本当に“盲目”だったのか?

2023.12.18

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ブルーズの壮大な歴史を振り返ろうとする時、その幕開けである20世紀初頭の「カントリー・ブルーズ」を担った男たちの中には視力を奪われた者が多いことに気づく。ブラインド・ウィリー・ジョンソン、ブラインド・ウィリー・マクテル、ブラインド・ブレイク、ブラインド・ボーイ・フラー……そして史上最も重要なブルーズマンの一人とも言われるブラインド・レモン・ジェファーソン。

盲目のパフォーマーが多いのは、ただの偶然と言う人もいれば、南部の盲目黒人は音楽の道に入る以外、暮らしの立てようがなかったという研究者もいる。あるいは残された感覚を研ぎ澄ませて、手と耳と口を使う技術に長けていたという見方も。盲目はハンデなのか、糧なのか。とにかく彼らを録音して“売り出す”ために、南部の風景や苦悩も知らないレコード会社は当たり前のように「盲目」をマーケティングの道具に用いることになった。

ブラインド・レモン・ジェファーソンは1893年9月24日に生まれた。彼の最初期の記録とされている1900年のテキサス州の国勢調査には「盲目」と記載されている。続く1910年の調査の職業欄はまだ「無職」だった。

レモンは生まれつき視力を失っていたとされるが、それを裏付ける医学的記録は残っていない。しかし幼少時代を知っていた住民は、「友達を追いかけ、流れに渡した丸太をみんなが渡る様子を立ち止まって聞き、それからゆっくりと彼らに続いて丸太を渡った。この子は何らかの才能を持っていると思った」と振り返る。

10代の頃にギターを手に入れたレモンは独学で弾き方を習得。毎週土曜日になると、誰かに手を引かれることもあれば、杖を使って独力でフェンスをまたぎ、小川の堤を歩いて町までギターを背負ってやって来ることもあった。そして銀行の前のベンチに座ってずっと演奏し続けた。チップ用のブリキ缶や帽子をそばに置いて。

テクニックに磨きがかかると、演奏する場所は農場での食事会やパーティ、やがて劇場になっていく。1セント硬貨が投げ入れられると、音で判別して投げ返した。お金を入れるようとする人たちに「俺をあなどるなよ」と言うのが決め台詞。5ドル貸してくれと言って1ドル札を渡された時、文句を言ったこともあった。1920年の国勢調査の職業欄には「ミュージシャン」と記された。

1920年代前半、レモンは短期間だけダラスの劇場でプロレスラーをやっていたらしい。盲目だったためにノベルティ・レスラーという触れ込みだった。173センチに対し、体重が110キロ近くもあったのだ。歌で金が稼げるようになると、すぐさま劇場を後にした。

1923年には結婚して子供ももうけた。場所を転々としたのは密造酒を作って売っていたからだ。レモンには放浪癖があり、町々をしらみつぶしに旅して回った。レッドベリーやTボーン・ウォーカーは手を引いて歩き、一緒に演奏したことがある。また、若きライトニン・ホプキンスやハウリン・ウルフ、アルバート・キングはレモンの生演奏に魅せられた。

この頃パラマウント・レコードからレコーディングの話が持ち掛けられ、1926年3月に初めて自分のブルーズをシカゴで録音。目が見えないはずの男がメガネを掛けている宣材写真(冒頭のブルーズマンたちは掛けていない)、盲目であることをPRする安っぽいマーケティングコピーが使われた。

レモンの先鋭的な演奏力と印象的な歌声は、1929年までに約100曲近く記録された。どれもが「カントリー・ブルーズ」の終着駅的録音。人気がありレコードも売れたレモンには多額の預金が銀行にあったという。いつも清潔なスーツに身を包んで帽子を被った。装幀した6連発の銃を携帯した。高価なフォード車を買い、運転手も雇った。

研究家たちを悩ませた長年のミステリー──「レモン・ジェファーソンは本当に“ブラインド”だったのか?」。レモンが録音した全曲の歌詞の中で、視覚への言及が241もあったことを分析した熱心な研究結果もある。視覚のあるブルーズマンたちよりも遥かに多いそうだ。

列車が駅を発ち、あとには赤と青の光が残された。
青い光はブルーズ、赤い光は悩める心。


だが、今となってはそんな詮索はどうでもいいことなのかもしれない。彼が偉大なブルーズマンであることに変わりはないのだ。

1929年12月19日、レモンは世を去った。自動車事故に遭遇した。ブリザードに巻き込まれて避難できなかった。毒殺された。喉に物を詰まらせた。強盗に襲われて殺された……彼の死には謎がつきまとった。

伝説によると、ギターのネックを握ったような手つきのまま、凍死していたという。


Blues-Music_Blind-Lemon-Jefferson
レコード会社による当時のレモンに関する紹介ページ。






参考文献/『ロバート・ジョンソンより前にブルース・ギターを物にした9人のギタリスト』(ジャス・オブレヒト著/飯野友幸訳/リットー・ミュージック)、『ザ・ブルース』(マーティン・スコセッシ監修/ピーター・ギュラルニック他編/奥田祐士訳/白夜書房)

*このコラムは2017年2月日に公開されたものを更新しました。

(『THE BLUES』シリーズはこちらでお読みください)
フィール・ライク・ゴーイング・ホーム』(Feel Like Going Home/マーティン・スコセッシ監督)
ソウル・オブ・マン』(The Soul Of A Man/ヴィム・ヴェンダーズ監督)
『ロード・トゥ・メンフィス』(The Road To Memphis/リチャード・ピアース監督)
『デビルズ・ファイヤー』(Warming By The Devil’s Fire/チャールズ・バーネット監督)
『ゴッドファーザー&サン』(The Godfathers And Sons/マーク・レヴィン監督)
『レッド、ホワイト&ブルース』(Red, White & Blues/マイク・フィギス監督)
『ピアノ・ブルース』(Piano Blues/クリント・イーストウッド監督)

【執筆者の紹介】
■中野充浩のプロフィール
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