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レッキング・クルーの一員からスタートして偉大なるカントリー・シンガーとなったグレン・キャンベル

2017.08.10

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カントリー・ミュージックの大物アーティスト、グレン・キャンベルが81才で亡くなったのは2017年8月8日のことだった。

訃報を聞いたキャロル・キングはすぐに、追悼メッセージをツイッターで寄せた。

「RIP グレン・キャンベル。偉大なるシンガーで曲も書けるミュージシャン、そして素晴らしい楽曲を選んでカヴァーした人物」



50年以上のキャリアを持つグレン・キャンベルはキャロル・キングの言うとおりに、偉大なシンガーで自分でも多くの曲を書いたが、大ヒットした曲にはカヴァー曲が多かった。
ジョン・ハートフォードの「ジェントル・オン・マイ・マインド(Gentle on My Mind)」、ジミー・ウェッブの「恋はフェニックス(By the Time I Get to Phoenix)」、「ウィチタ・ラインマン(Wichita Lineman)」、「ガルベストン(Galveston)」、ラリー・ワイスの「ラインストーン・カウボーイ(Rhinestone Cowboy)」、アラン・トゥーサンの「サザン・ナイツ(Southern Nights)」などが思い浮かぶ。

ジミー・ウェッブが作詞作曲した「ウィチタ・ラインマン」の主人公は架線作業員、電線の工事夫でアメリカ中西部の田舎町ウィチタの電線点検を仕事にしている。
誰もいない荒野に伸びる一本道で、男は電柱に登って電線を点検しながら、孤独のなかで愛しい人を想って歌う。

ローリング・ストーン誌の「偉大な歌500曲」において192位にランクインしたとき、この曲は「(アメリカの)実体を捉えたはじめてのカントリー・ソング」として紹介された。


俺はウイチタ郡の電線の工事夫 
州のメイン・ロードを車でまわっている
日が照るなかで負荷のかかった電線を探す
おまえの歌声が電線の中で聞こえる
おまえの声が聞こえてる 


グレン・キャンベルが1968年に甘い歌声でヒットさせた後になって、トム・ジョーンズやフランク・シナトラ、R.E.M.、ジョニー・キャッシュらによってカヴァーされている。

ところでグレン・キャンベルには若い頃にもうひとつ、カントリーシンガーとしてではなく大活躍していた時代があった。
彼はギタリストとして腕利きのスタジオ・ミュージシャンであり、ザ・バーズ、ソニー&シェール、ナンシー・シナトラ、ママス&パパス、サイモン&ガーファンクル、フィフス・ディメンション、モンキーズ、フランク・シナトラ、エルヴィス・プレスリーなど、ジャンルの壁をこえてヒット曲を産み出す「レッキング・クルー」の一員として、数多くのレコーディングでギターやベースを弾いていたのだ。

〈参照コラム〉「レッキング・クルー」①~モンキーズの音楽を支えていた腕利きのスタジオ・ミュージシャンたち


とくにビーチ・ボーイズではレコーディングのみならず、リーダーのブライアン・ウィルソンが家にこもりがちになった1964年から65年にかけて、ツアーに参加してベースを弾きながらファルセットのコーラスも受け持っていたという。

そんな時期を経て1967年に「ジェントル・オン・マイ・マインド」がカントリー部門で、「恋はフェニックス」がポップス部門で、それぞれグラミー賞に選ばれた。
ここからソロ・アーティストとしての飛躍が始まったのである。

晩年のグレン・キャンベルが大ヒット曲「ガルベストン」を歌いながら、途中から見事なソロ・ギターを聴かせてくれる下記の動画で、当時の片鱗が見られる。


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