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トム・ペティ追悼~ステージで使用したギター数本と衣装を引き換えに手に入れたリッケンバッカー

2017.10.03

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【訃報】アメリカのロックミュージシャン、トム・ペティさんが10月2日未明、カリフォルニア州サンタモニカの病院で死去した。66歳だった。(2017年10月03日 15時23分 ハフィントンポスト)

現地時間10月1日、トム・ペティがカリフォルニア州マリブの自宅で意識不明の状態で発見され、UCLAサンタ・モニカ病院に搬送されたと報じられた。
その後の報道によればトム・ペティはUCLAサンタモニカ病院で生命維持装置につながれたが、脳の活動はなく、翌2日朝には牧師が呼ばれて家族は「蘇生処置不要」と決断、生命維持装置を外すことになったという。

アメリカン・ロックを体現してきたトム・ペティは、17歳の時にフロリダ州でマッドクラッチを結成したが、当時はギターでなくベースを弾いていた。
マッドクラッチはその後、ロサンゼルスに移って活動してレオン・ラッセルが設立したシェルター・レコードと契約、シングル盤を出したが実績を挙げられず、解散することになった。

マッドクラッチからの盟友であったマイク・キャンベル(ギター)とベンモント・テンチ(キーボード)に加えて、ベースのロン・ブレアとドラムスのスタン・リンチがメンバーになったトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズは、1976年にデビュー・アルバム『アメリカン・ガール』を発表する。



トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズはアメリカではなかなか人気が出ず、しばらくの期間はイギリスで少し注目されるという程度だった。
しかし1979年に出した3枚目のアルバム『破壊』がアルバム・チャートで初めてトップ10入りを果たし、1位にはなれなかったが7週にわたって2位を記録、そこから大きく飛躍していく。

それ以来、トム・ペティはバンドとソロの両方で、アメリカン・ロックの最前線で活躍してきた。
1986年から87年にかけてはボブ・ディランのツアーにバック・バンドとして参加し、日本公演にも同行して来日した。



元ビートルズのジョージ・ハリスン、元ELOのジェフ・リン、そして大ベテランだったロイ・オービソンたちとボブ・ディランが組んだバンド、トラベリング・ウィルベリーズにディランから誘われたのは1988年の春だった。

彼らはメンバー各人が別々のレコード会社に所属していたために、表立って堂々と名乗ることができず、「ウィルベリー姓の兄弟」という設定の覆面バンドとしてアルバムを出すことにした。

アルバム『トラヴェリング・ウィルベリーズ Vol.1』は10月にリリースされ、大きな成功を収めている。
なおこのとき、ジョージ・ハリスンが愛用していたギターのグレッチ社からプロモーションとしてサポートを受け、全員がグレッチのギターを持った写真も公開された。



ところでノーマン・ハリスの自伝「ビンテージ・ギターをビジネスにした男」には、懇意にしていたトム・ペティにビートルズと縁があるかもしれないギターを、特別な方法で譲ったときのエピソードが記されている。

ノーマンは何年も前にイギリス人の友人から買い取ったローズ・モーリス社のダブル・バウンドのリッケンバッカー360-12を温存していたという。
その12弦ギターはもともと、リバプールのヘッシーズ・ミュージック・ストアが仕入れたものだった。

ビンテージ・ギターに関心を持つ人ならば誰も知っていることだが、この楽器店を経由したリッケンバッカーはどれも60年代中期に、ビートルズと関わりがあったとされているらしい。
なぜならばヘッシーズは初期のビートルズが、いつも楽器を購入していたからだった。

特にそのギターには1966年に購入された証拠となるレシートが、一緒に保存されていたので関連性と信憑性が高かった。
トム・ペティはギターを見せられたとき、当然ながら喉から手が出るほど欲しがったとノーマンは記している。

ハートブレイカーズを率いて大勢のファンを熱狂させている彼にもビートルズというアイドルがいる。彼にとってあのリッケンバッカーは聖杯だ。トムは私に会うたびに、いったいいくら出せばあのギターを売ってくれるのだと打診を続けてきたが、私は断固として彼の求めには応じなかった。このような状態が何年も続いた。


そうやって引っ張っていたノーマンがトムに向かって、「あのギターを譲る気になった」と声をかけたとき、彼が提示したのは販売ではなくトレード、すなわち交換が条件だった。
その内容を知って、トム・ペティは少したじろいだ様子だったという。

私のオファーとは、彼がステージで使用したギター数本とステージで着用した衣装数着と引き換えに彼にリッケンバッカーを渡すというものだったからだ。加えて私は、もうひとつ条件があると告げた。彼に私がミッドナイト・ミッション(ホームレスのシェルター)のためにマリブ劇場センターで主催する慈善コンサートに出演して欲しかったのだ。


トム・ペティはノーマンの願いを聞き入れてギターや衣装を提供し、慈善コンサートへの出演も承諾した。
そしてハートブレイカーズを結成する前のグループ、マッドクラッチを再結成して出演してくれたのである。

その慈善コンサートでノーマンは、25万ドル以上もの収益を集めることが出来た。
ふたたび絆を取り戻した5人は、2008年にアルバム『マッドクラッチ』を発表している。

そんなノーマンがリッケンバッカーを弾くトムペティを目にしたのは、ハートブレイカーズが出演したスーパーボールのハーフタイムショーだった。
それを見てノーマンはこんな文章を残している。

スーパースター所縁のギターでも、弾いてもらえる機会があるなら素晴らしい‥‥彼のように威厳のあるアーティストが再び命を吹き込んでくれるのなら、なおさらのことだ。




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