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【特集序文】Roots of Rock〜ある風景

2023.03.17

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ロックには、二つの大きな源流がある。

たいていの文献には「黒人のリズム&ブルーズと白人のカントリーの融合」と記されている。ロックンロールという肉体を揺さぶるような音楽が1950年代半ばに誕生し、当時の白人のティーンエイジャーに強く支持され、それが1960年代半ばにはロックとなって体制や大人への対抗文化となり、次第に若い世代のライフスタイルには欠かせないサウンドトラックとなっていく……そんなところだ。

しかし、もう一度話を戻そう。
リズム&ブルーズの前にはブルーズという、想像を絶する苦難と労働を歩み続けた黒人たちの「心の叫び」があった。一方のカントリーとは、元々はマウンテン・ミュージックやヒルビリーと呼ばれ、祖国を追われてアメリカ東部のアパラチア山脈周辺のスモールタウンや村落に住み、同じように厳しい環境で貧困生活を余儀なくされたアイルランド系移民たちに根付いた「孤高の響き」だった。どちらも商業性とは縁遠く、悲しいくらい素朴だった。

だから、似た境遇と文化的価値を持つ黒人とアイルランド移民の交流なくして、ロックンロール/ロックは決して生まれなかった。ロックに流れる二つの大きな源流とは、「心の叫び」と「孤高の響き」のことだ。それらが溶け合って一つの流れになった。

TAP the POPは、この「アイリッシュ」に注目しようと思う。
祖国アイルランド、イギリス、そして遠く離れたアメリカ大陸と彷徨いながらも、音楽を捨てなかった人々。音楽を通じて希望を見出そうとした人々。そこには一体どんな物語があったのだろう?

例えば分かりやすいところで、あの大ヒット映画『タイタニック』を思い出してほしい。1912年、イギリス南部の港町からニューヨークへ向けて船出した豪華客船。物語の途中で、上流階級のヒロインが三等船室のパーティーへ連れられて行くシーンがある。そこではケルト音楽やダンスが騒がしく繰り広げられていた。タイタニック号の陽の当たらない三等船室は、言うまでもなく貧しいアイルランド移民たちの居場所だった。まだ見ぬ約束の地アメリカに希望と夢を持って。そこに過酷な現実が待ち構えているとは知らずに……。

現在、アメリカ合衆国にはアイルランド系の人口が4000万人以上とも言われ、これまでの大衆文化形成への貢献や影響は極めて大きい。アイルランド系アメリカ人として初めて大統領になったジョン・F・ケネディ。夢の象徴ウォルト・ディズニー一族にもアイルランドの血が流れているという。そしてロックの世界にも「実はアイリッシュだった」というアーティストは数多い。

その原動力は何なのか。
それを知るために数多くの関連文献とめぐり遇った。すると、二つの書物のある一節が心を捉えた。

アイルランド人の精神と魂の中において、風景というものが他より遥かに大きな意味を持っている。

ヌーラ・オコーナー『アイリッシュ・ソウルを求めて』第1章「黎明を迎えて」

彼が演奏するアイルランドの音を聞きながら、僕は遠くつらなるアパラチア山脈の見える方向へ視線を移した。音と風景はいっさいの違和感も矛盾もなかった。

駒沢敏器『ミシシッピは月まで狂っている』第2章「貧しい炭鉱夫の唄」

──それではアイリッシュたちが奏でた“音楽風景”の旅へと、一歩踏み出してみよう。

みんなアイリッシュだった~アイルランド系特集



*このコラムは2014年3月に公開されたものを更新しました。

【執筆者の紹介】
■中野充浩のプロフィール
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