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追悼・佐山雅弘~忌野清志郎の歌う「ヒム・フォー・ノーバディ」がレクイエムのように聴こえてくる

2018.11.15

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片山広明の訃報からわずか2日後の11月14日、やはり忌野清志郎に縁があったミュージシャンで療養中だった佐山雅弘が亡くなったというニュースが流れてきた。
享年64。
これもまた早すぎる死であり、残念としか言いようがない。

佐山は国立音楽大学作曲科在学中にピアニストとしての音楽活動を始めて、1984年からはリーダー作として20枚、PONTA BOXとして10枚のアルバムをリリースしてきた。
オリジナルメンバーとしてPONTA BOXで活躍する一方で、作・編曲家としても高い評価を得て、コンサートやTV番組の音楽監督も数多く手がけていた。

彼のホームページにはその日、本人からのメッセージが公に掲載された。

みなさま。佐山雅弘より

このお手紙がお手元に届く時、僕はこの世におりませんが、長きに亘ってのお付き合いにお礼を言いたくて家人に託しました。

加山雄三とタイガースが大好きな中学生。高度成長期大阪の衛星都市尼崎に親父が構えた小〜さな小売商を継ぐことに何の疑念も持たないごく普通(以下)の子供がジャズとの出会いで、楽しさこの上ない人生を送ってしまいました。

まことに人生は出会いであります。

「君の身体は君の食べたモノで出来ている」と言いますが、まったく同様に僕という者は僕が出会った人々で出来ているのだとしみじみ実感したことです。

その出会いを皆様にあらためて感謝しつつ、今後益々の良き日日を祈りながらお別れをします。

ありがとう、さようなら

2018年11月14日 佐山雅弘


このラストメッセージを読んでいて思い出したのが、佐山のソロ・アルバム『ヒム・フォー・ノーバディ』のことである。
1995年1月21日に発売されたこのアルバムで、忌野清志郎は最後に収められたタイトル曲に参加している。

そして佐山が作曲した賛美歌を思わせるような楽曲に、レクイエムとも受けとれるこんな歌詩を書いて歌っていたのだ。

  愛してることさえ 忘れてしまうほど
  日常の中で いつも君が好きさ
  限りある生命が やがて幕をとじても
  永遠の夢のように 君に夢中さ





それから5年後、佐山はこの曲をアルバム『3VIEWS / 3Views Producers』にも収録している。
これは村上“ポンタ”秀一とトロンボーンの村田陽一、そして佐山によって起ち上げた新レーベルの「スリー・ヴューズ」の第一弾であった。

村田はこのとき、歌が8小節でワンコーラスしかない短い楽曲だった「ヒム・フォー・ノーバディ」に、20小節ものイントロを作曲して付け加えた。
その結果、ストリングスのアレンジでスケール感と華やかさが増して、忌野清志郎の歌がいっそう切なく聞こえてくるテイクに仕上がった。

ちなみにこの曲は忌野清志郎のヴォーカル・ダビングが夜に始まる予定だったが、その日の昼間に八ヶ岳で行われたジャズフェスに「Ponta Box+村田陽一」が出演していたので、みんなで本番が終わってから急いで都内のスタジオに戻って歌入れに立ち会ったという。


佐山はRCサクセションが低迷していた1970年代の半ば、ピアノとキーボードで彼らのライブやレコーディングをサポートしていた。
その頃に京都で行われたライブの動画には、少年の面影を残す忌野清志郎の歌声による「夜の散歩をしないかね」と、当時の貴重なパフォーマンスが記録されている。

若かりし日の佐山は映像に出てこないし、音の状態もあまり良くないのだが、華麗ともいうべきピアノが生き生きとしていて、大人っぽい雰囲気を漂わせてなんとも不思議な気持ちにさせられた。
そして、仲井戸麗市が「夜の散歩をしないかね」について、「素顔の清志郎くんが感じられて大好きな曲」と語った言葉を思い浮かべてしまった。



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