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遠藤ミチロウと忌野清志郎がクドカンに叩き込んでくれた“反骨精神”

2019.05.23

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<キャッチアップ画像:撮影/三浦麻旅子>

かつてない大型連休のなかで開催されたイベント、『忌野清志郎 ロックン・ロール・ショー 日比谷野外大音楽堂Love&Peace 2019年5月4日 ~FINAL~』に足を運んだ。
2009年5月2日に清志郎が旅立ったことを受けて、その一周忌となる2010年から毎年この時期に開催されてきたコンサートだが、10回目を迎えた今年は区切りとするためか、ファイナルと銘打たれていた。

今年がいつもに増して格別なものと感じられたのは、5月1日に遠藤ミチロウの訃報が流れたことも影響していたような気がする。
アンコールではTOSHI-LOW(BRAHMAN/OAU)がミチロウのメイクをしていたが、なんとなくステージのどこかに彼がいるような気配を感じていたのだ。




グループ魂で音楽活動を行っている脚本家の宮藤官九郎(クドカン)は、ヘルメットに地下足袋という出で立ちの覆面ヴォーカリストのゼリーに扮して登場し、「タイマーズのテーマ~偽善者」でタイマーズのパートにおける幕開けを飾った。

二人目のゼリーは増子直純(怒髪天)だったが、「このタイマーズのパートはテレビでは流れませんから、みなさんも声をもっと出して、ハイ! 原発賛成! 増税賛成! ミサイル賛成!」と、霞が関一帯に「原発賛成音頭」を轟かせた。
彼も10代の頃にはミチロウに憧れていて、同じ格好を真似した写真を自伝『歩きつづけるかぎり』(音楽と人)に載せていたということを聞いたことがあった。

Leyonaの「デイ・ドリーム・ビリーバー」をはさんで四人目のゼリーはTOSHI-LOWだったが、「あこがれの北朝鮮~Long Time Ago」を唄ったところでゼリー全員を呼び込んで、最後は「タイマーズのテーマ」で、“反骨精神”のパートを終了したのだった。

この日の出演者のひとりだった清水ミチコが、5月5日のブログにこんな文章を書いていた。

全員でアンコールに出るとき、
TOSHI-LOWさんが
遠藤ミチロウさんのメイク。
さーすが。




それから10日ほど過ぎてクドカンが『週刊文春』の連載コラムのなかで、清志郎とミチロウの二人について文章を書いていた。

ミチロウさんの歌、清志郎さんの歌に出会わず死んでしまう日本人がいる。すごく勿体ない。まあでも俺も出会わず死ぬ歌、山ほどあるし仕方ないか。
二人はほぼ同世代。ここにビートたけし氏を加えた三人が僕に“反骨精神”を叩き込んでくれた大恩人です。


こうしてはじまったコラムのなかで、クドカンはそれぞれとの出会いを語っていく。
まずは清志郎についてだが、出会いは12歳の時だったという。
RCサクセションのコンサートの模様が、NHK総合で流れていたのを見たのだ。

キーワードは「ブラックデビル」であった。

なんだこの落ち着きのない鳥人間は!
失礼ながらそれが第一印象。
目元のメイク、まるでブラックデビルじゃないか!
でもなんか無視できない。


こうしてRCサクセションに関心を持ったクドカンは、姉のレコードラックにアルバム『EPLP』を発見し、それをカセット・テープにダビングして聴き倒すことになったのだ。



次にミチロウの話になるのだが、清志郎との出会いから数ヶ月後、雑誌『宝島』でザ・スターリンの記事を見たのが最初だったという。

消火器をぶちまけ、生きたニワトリや豚の頭部をステージに投げ込み、全裸でのたうち回る。
「イヤだと言っても愛してやるぜ!」
「吐き気がするほどロマンチックだぜ!」
ブラックデビルそのものじゃないか!


当時の人気番組だった『オレたちひょうきん族』で、明石家さんまが扮していた人気キャラクターの「ブラックデビル」になぞらえることによって、二人の第一印象が重なっていたことを端的に表している。

そして大人になってからは先輩・後輩として、音楽で交流を持てるまでになったのである。
そこから実際に得られた印象へと文章は続いていくのだが、その前にこんな注釈をつけるのを忘れないのが、一流脚本家ならではの観察眼なのだろう。

スターリンがデビューした時、ミチロウはすでに30歳。清志郎もデビューこそ早いがレコードを出せない時代が長く、ブレイクしたのは80年代。どちらも背水の陣、実は苦労人なんです。
二人ともステージを降りるとシャイで腰が低い。なおかつ寛容。だって共演を快諾してくれたもの。僕の書いたしょうもないコントに付き合ってくれた。シャレの解る先輩でした。


クドカンがミチロウと最後の共演を果たしたのは、1年前の4月16日のことだ。
グループ魂のドラマー・石鹸こと三宅弘城が50歳になったことを記念して、『三宅ロックフェスティバルvol.2』が恵比寿LIQUIDROOMで行われた。
そのイベントでシークレットゲストで、何曲か唄うことになっていたのがミチロウだった。

優れない体調が続いていたその日、ミチロウは杖をついて会場に現れたのだが、クドカンはどう声をかけていいかわからなかったという。
ところがひとたびステージに立って、パンクナンバーを歌いだした途端に一変したことに興奮したと述べていた。

最後にクドカンはこんなメッセージで、さりげなく締めくくっていたのも印象的だった。


忌野清志郎と遠藤ミチロウ。どっちも知らない貴方は、とりあえず何曲か聴いてみるといいですよ。
今の日本が、二人の予言どおりになっている事に、背筋が凍ります。




(注)宮藤官九郎の文章は週刊文春5月23日号、『いまなんつった? 第536回 宮藤官九郎「吐き気がするほどロマンチックだぜ」』殻の引用です。

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