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ジョエル・ラファエル〜ウディ・ガスリーの精神を継承する真のアーティスト

2019.06.28

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ジョエル・ラファエルがニュー・アルバム『ローズ・アヴェニュー』を発表した。

この4年ぶりの新作は彼の遅まきながらの日本デビューとなる。その発売元はジャクソン・ブラウンのインサイド・レコーディングズ(日本はソニー・ミュージック)。00年代半ば以降はジャクソンも自分のアルバムをここから発表しているが、元々は「音楽界の主流には居場所を見つけられない音楽の避難所」として、大切な友人たちの作品を世に送り出すために設立されたレーベルである。



ジョエルはジャクソンがそれほどに高く評価するシンガー・ソングライターであり、フォーク音楽界では、ウディ・ガスリーの精神を継承するアーティストとして確固たる地位を築いている。長らくサンディエゴを拠点に主に地域的な活動を続けていたが、ウディの遺した歌詞に曲をつけた「新曲」を含む02年と04年のガスリー作品集2枚が高く評価され、全米的に知られるようになった。

今年70歳となるジョエルは、若い頃に各地を転々とした変化に富む年月を過ごすなどの興味深い人生経験を持ち、その作品は真実を探究する終わりなき旅の日誌とも言える。『ローズ・アヴェニュー』でも、社会の不公正や環境問題などに視線が向けられ、その核心には常により良い世界を求める姿勢がある。

例えば、同じサンディエゴの住人ジェイソン・モラーズとの共作・共演による〈ストロング〉は、16年の石油パイプライン建設に反対するスタンディング・ロックの先住民スー族の抗議運動の支援から生まれた環境保護を訴える曲だし、〈グローリー・バウンド〉は、公民権運動の進展の転機ともなった55年の黒人少年リンチ事件の被害者エメット・ティルの一人称で歌われる。彼の人生と現代史が交差するところから、その作品が生まれている。

日本盤のために特別に提供されたボーナス・トラックもそんな1曲だ。04年の『Woodyboye』で発表した〈シエラ・ブランカの虐殺〉の新録音で、87年の悲劇的な事件を基にしている。

より良い暮らしを夢見て密入国したメキシコ人の若者18人が、外から鍵のかけられた鉄製の貨物車の中で50度を超える暑さと呼吸困難で、一人を除き全員が死んでしまったのだ。密入国斡旋業者に金を払い、国境を越えた彼らはテキサスのエルパソで乗車し、目的地のダラスで鍵が開錠されるはずだったが、列車の運行が遅れ、シエラ・ブランカという小さな町の駅に停められ、中に閉じ込められた人たちが次々と亡くなった。車内に残された血や壁や床の傷は彼らが耐え難い苦しみのなかで息絶えたことを物語っていた。

その車内に残された衣服から、被害者の一人、ロザリオ・カルデラ・サラザールのノートが見つかった。ジョエルは、そこに書かれていた「El Ilegal」(「不法入国者」)と題された詩の一部を引用して、〈シエラ・ブランカの虐殺〉を書いた。家族や恋人を残して故郷を離れた心の痛みやひとときも心から離れない望郷の強い思いを吐露する節と、悲劇の事実を伝える繰り返しで構成される曲は、移民問題の現実を人間の物語として伝えてくれる。

今米国では国境の南からの移民問題が世間を騒がせている。トランプ大統領は国境に「壁を築く」という実現不可能な公約を掲げ、メキシコ人を「麻薬や犯罪を持ち込む。彼らは強姦犯だ」と人種差別的な発言で敵視することで、不満のはけ口を求める支持層をつなぎとめようとしているからだ。

だが、トランプは発言のほとんどが嘘か誇張、歪曲という男で、移民問題についての発言も事実と異なる。確かに移民の流入は常に重要な問題だが、現在国境で起こっている「危機」は彼の説明するようなものではない。

米国内の不法滞在者の3分の2は合法的に入国してそのまま居座る人たちで、国境を潜り抜けて入国する数は近年ずっと減少傾向が続き、不法滞在者数は20世紀末のピーク時よりもかなり少なくなった。また、麻薬のほとんどはトラックや船で合法的な輸入貨物に隠されて運び込まれるし、テロリストやその予備軍は空港から身分を偽って入国している。

実のところ、昨年から主たる問題となっているのは、メキシコから仕事を求めて国境を越える人たちではない。もっと南から家族を多く含む集団で長い距離を移動してきた人びとの著しい増加なのである。

トランプは彼らを「キャラバン」と呼んで危機を煽るのに利用しているが、その集団は政情不安のホンジュラスやグアテマラなどの中米諸国から治安悪化や貧困を逃れてきた「難民」なのだ。彼らは国境で保護を申請しているが、時間のかかる認定を待ちきれず、国境を越えようとする人たちも少なくない。その増加を抑制するには、彼らの祖国の安定化しかないわけだが、米国の中米への援助額はこの数年削減されてきた。

再選のために強い姿勢を見せたいトランプはそういった事情など考慮せず、摘発を厳しくしているが、彼の方針のために今後はもっとむずかしくなるからと、押しかける数を増やす悪循環を生んでいる。

そして国境地帯で逮捕した不法移民の親と子供を隔離する非人道的な扱いを始め、昨年5月以降は「ゼロ・トレランス」(寛容無し)政策を徹底させた。そのため、数千人もの乳児を含む子供が引き離され、その多くが親と再会できなくなっているうえに、子供たちの収容施設とその扱いがまるで大戦中の収容所並みで、これは人権問題だと猛烈な批判を受けている。

昨年秋に、そんな国境地帯で離れ離れにされてしまった移民の家族の支援を目的に、ジャクソン・ブラウン、スティーヴ・アール、エミル―・ハリス、ショーン・コルヴィン、メキシコ人歌手のリラ・ダウンズらが5都市を回るツアーを行った。

そのベネフィット・コンサートで、毎晩ジャクソンはこの〈シエラ・ブランカの虐殺〉を歌ったという。作者のジョエルはジャクソンがその機会に取り上げたという事実に、自分の曲が今もどれほど適切かを思い出させられ、「トランプ政権の過酷な移民政策への返答として」、この新しいヴァージョンを録音することにしたのだ。

彼らの大先輩ウディ・ガスリーの代表曲に(デポーティ(プレイン・レック・アット・ロス・ガトス)〉という曲がある。48年に果樹園の収穫作業に雇われていたメキシコ人季節労働者を故国に帰す飛行機がロス・ガトス峡谷に墜落して全員が死亡した事件を歌ったものだ。

ウディはその事故を新聞記事で知ったのだが、犠牲者の名前がひとりも記されていないと気付き、その曲を書いた。ただ「デポーティ(国外追放者)」と呼ばれ、「枯葉のように散った」人たちに向けて、「さよなら私のホアン、さよなら僕のロザリータ、さよなら僕の友達、イエスとマリア」と歌われるコーラスが美しくも悲しい曲である。

ジョエルの〈シエラ・ブランカの虐殺〉は我々の時代の〈デポーティ〉と呼んでいい曲だろう。ウディがその曲に託したのと同じ思いを聞き取れる。政治家やメディアがスローガン的な言葉や統計上の数字だけで語る問題の現実には、自分の家族にもっと良い将来をもたらすため、命すら危うい環境からなんとか逃れるため、心ならずも故郷を離れ、困難が待つのを知りながらも異国に向かった人たちひとりひとりの尊い人生がある。

名も無い存在として扱われる人びとに、人格を与えること、人間の顔をくっつけることこそが、アーティストの重要な役割である。ジョエル・ラファエルやジャクソン・ブラウンはウディ・ガスリーらからその仕事を受け継ぎ、今日も人びとの物語を歌い続けている。


ジョエル・ラファエルに関する情報はこちら
ソニー・ミュージック(外部サイト)
otonano(外部サイト)

Joel Rafael – Rose Avenue

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