季節(いま)の歌

少年時代〜藤子不二雄Ⓐによる“幻の歌詞“が存在した!?夏の名曲の誕生秘話〜

2016.07.17

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夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれに さまよう
青空に残された 私の心は夏模様

夢が覚め 夜の中
永い冬が 窓を閉じて
呼びかけたままで
夢はつまり 想い出のあとさき

夏まつり 宵かがり
胸のたかなりに あわせて
八月は夢花火 私の心は夏模様

目が覚めて 夢のあと
長い影が 夜にのびて
星屑の空へ
夢はつまり 想い出のあとさき

夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれに さまよう
八月は夢花火 私の心は夏模様 


1990年の9月21日にリリースされたこの「少年時代」は、もともと井上陽水が荻野目洋子に提供したシングル曲「ギャラリー」のB面になる予定だったという。
しかし曲を受け渡す直前になって、陽水が「やっぱり自分で歌いたい」ということになり、自身のシングル曲として発表することとなった。
ちなみに荻野目のB面曲は、陽水が当時即興で作った「ON BED」に差し替えられたという。
そんな荻野目への曲提供の話と平行して、当時、陽水は呑み仲間でもあった漫画家の藤子不二雄Ⓐから作曲の依頼を受けていた。
藤子Ⓐは、自らプロデュースした映画『少年時代』(1990年公開)の主題歌を陽水にオファーしたのだ。
この映画『少年時代』とは、戦時下の昭和19年に富山県に疎開した東京の少年と地元の少年との友情や葛藤を描いた物語で、柏原兵三の小説『長い道』を藤子不二雄Aが漫画化して、山田太一が脚本を書き、映画『瀬戸内少年野球団』の篠田正浩監督がメガホンをとった作品である。
そこには物質的には貧しいが、懐かしくも美しい日本の田舎を舞台に成長してゆく少年達の姿が瑞々しく描かれている。



──作曲の依頼の際、陽水から「Ⓐ氏が歌詞を書くのなら曲を書きますよ」と言われた藤子Ⓐは、自作の歌詞を作って陽水に渡したという。
そこには「ラララ…君と出会い君と笑い」というハミングで始まる、映画の内容にピッタリな歌詞が綴られていた。
依頼後…数週間経っても曲ができあがって来ず、ついには映画のポスターの印刷にも間に合わない事態となった。
映画関係者からの〆切りを催促する声が大きくなる中、藤子Ⓐは「漫画家と同じで催促されるのは嫌だろう」と、陽水に対して一切催促を行わなかった。
藤子Ⓐが映画関係者からの催促を止めていた間、陽水は全国ツアーを1ヶ月キャンセルしスタジオに篭って作曲に専念していたという。
その甲斐もあり、ようやく陽水から送られてきたデモテープには、藤子Ⓐが抱いていたイメージ通りの素晴らしい楽曲が録音されていた。
しかし、残念なことに…そこには藤子Ⓐが提供した歌詞は1行も使われていなかった。
これについて陽水があっさりと一言。
「歌詞は使わなかったけど、心はいただきました」
そして陽水の紡いだメロディーを元に、プロデューサー兼作曲家としても活躍していた川原伸司(同曲では平井夏美の名義)が曲をブラッシュアップさせて「少年時代」は完成した。
レコーディング本番でのピアノ演奏は、陽水の旧知の仲でもある来生たかおが担当した。依頼した理由として陽水はこんなコメントを残している。

「この曲の“どこか未完成でまだまだ上達する余地のある少年”というイメージにぴったりだったから、彼にお願いしました。望み通りのピアノになったと思いますよ。」


この曲の歌詞にでてくる「風あざみ」や「宵かがり」という美しい響きを持つ言葉たちは、陽水が創った造語であり、辞書をひいても載っていない。
ある時、これはどういう意味ですか?とインタビュアーに訊かれた陽水は「意味ないんだよ」と、これもまたあっさりと答えたらしい。




handsam
井上陽水『ハンサムボーイ』
1990年/FOR LIFE MUSIC ENTERTAINMENT,INC



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